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甘酸っぱい想い 23
「あっ支度は僕がします」
「いや、君たちは座って待っていてくれ」
「ですが」
「今日は最後までやらせて欲しい」
そう告げると柊一は絶句した後、真っ赤な顔で俯いてしまった。
雪也くんは期待に満ちた顔をしているし……
ん? 俺、何か変なこと言ったか。
俺の今の台詞で、しいて言えば『最後までやらせて欲しい』か。
はは……まさかな。まだ俺たちは口づけすらも交わしていないのに。
だが柊一がそこを意識したってことは、いずれそこまで求めても良いということなのか。そう理解すると期待に胸が膨らんでいく。
「俺は英国や独逸で独り暮らしをした経験があるので、こう見えても自炊は得意だ。今日は任せろ。どうせ温めたりするだけだ」
「本当に……いつも海里先生はすごいです。何でも得意ですよね! あっでも不得意なのもありますよねぇ」
「それは庭仕事だな」
「そうっそれです! 先生ってばあの時はスーツを泥だらけにして……クスッ」
雪也くんに思い出し笑いをされてしまったので、苦笑した。
まぁな、あの時の俺には自分でも納得いかない。
「森宮さん、お礼が遅くなりましたが、庭の白薔薇の手入れをして下さてって、ありがとうございます。」
「あぁそれか。勝手に悪かったな」
「とんでもないです。僕が怠っていたせいで、白薔薇たちには可哀想なことをしてしまい……」
「大丈夫だ。今は綺麗に咲いているし、もっともっと咲くよ。咲き乱れる程に」
白薔薇の姿に、柊一が重なっていく。
君もこれからだ。もっときれいに咲かせてやるから、待っていろ。
流石に雪也くんがいる手前……キザ過ぎる台詞は口に出せなかったが、心の中で誓った。
「今度は僕も手伝います。そうだ、次のお約束は一緒に白薔薇の手入れをしませんか」
「あぁそれもいいな」
「わぁ! じゃあ兄さまスコーンを焼いて、手入れが終わったら庭園《ガーデン》で|お茶会《TeaParty》をしませんか」
「スコーンも母親の|調理本《レシピ》からか」
「えぇお母様が遺された調理本はとても丁寧に書かれていて……実は最近いつも兄さまとお菓子作りをしています。兄さまは謙遜しているかもしれませんが、とてもお上手なんですよ」
「そうか……それだ!」
柊一は何か仕事がしたいと言っていた。だが俺はもう他所で働かせたくない。この屋敷内でも接客はさせたくない。魅力的な君を不特定多数の人目に触れさせたくないのだ。
これはもうしょうもない俺の勝手な独占欲なのだが、こればかりは仕方がない。
生気を取り戻してきた柊一が、魅力的過ぎるせいだ。
だが厨房なら別だ。菓子作りのアシスタントなら、ホテルと契約している製菓学校の講師を招いて基礎を習うのもいいだろう。
柊一の未来はどこまでも明るい。
「柊一、庭仕事も手伝いもいいが、君はスコーンとパンケーキを焼いてみてくれないか」
「ですが」
「君の手料理が食べたい」
「あっ……ハイ」
恋人同士らしい会話に満足していると、隣で雪也くんがうっとりとした溜息を漏らした。
「どうした?」
「もう、海里先生と兄さまの会話が最高過ぎて溜まりません」
「そうか」
俺としては率直に伝えただけだが……
「甘いです、甘すぎます。あぁ今日のデザートは何でしょう」
「ショートケーキだが」
「まさにそんな感じです。クリームたっぷりで甘酸っぱいです。お二人とも」
雪也くんがあまりにも自信たっぷりに言うので、柊一と顔を見合わせて笑ってしまった。
それから百貨店で購入したローストビーフやオードブルの盛り合わせを手際よく皿に並べた。雪也くんはソファで本を読んで待っている。
「あの、並べるの、僕も手伝います」
シンプルな白いエプロンをつけた柊一が腕まくりし、横に並んでくれた。
柊一の家はよく園遊会をしていた事もあり、家紋入りの金縁の素晴らしい皿や銀の匙《スプーン》などが十分過ぎる程揃っていた。
「なるほど食器類が揃っているので、そのままレストランで使えそうだね」
「お役に立つのなら嬉しいです。家紋入りなので売るに売れず……」
「もう君は何も手放さなくていい」
「……はい」
「これからは受けとめることに、徹してくれ」
そう言いながら、また君の柔らかく微笑む頬に……甘い口づけを一つ贈った。
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