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花の蜜 5
白薔薇が咲き始めた中庭《テラス》で、僕は森宮さんの胸深くに抱かれていた。
「美味しそうだな。林檎みたいだ」
「あっ……」
火照った頬に、また口づけされてしまった。
そんなことをされると、僕の躰はますます変になってしまう!
そのまま彼が何かを堪えるように辛そうな表情を浮かべたのが、心配になった。
「あの、大丈夫ですか」
彼はかなり背が高いので首を逸らして見上げると……初夏を思わせる太陽を背負った森宮さんとバチッと目が合った。まるで静電気が走ったように何かが弾けた。
本当に男らしく色気のある……眩しい人だ。
彼の明るい髪色は、光に透け、眩く美しかった。
碧がかった瞳は、深い湖のように甘く煌めき、何かを熱く訴えていた。
「参ったな……もう、欲しくて堪らない」
何をだろう? と首を傾げると、彼は朗らかに微笑した。
彼の視線を辿れば、僕の唇に辿り着く。
あっ……僕のここを欲しいと?
「ここを食べても」
さっきから林檎やさくらんぼと、僕の顔を果実に例えるので、もう……あなたになら食べられてもいい……と、不思議な心地になってしまった。
彼の言葉は悔しいが、巧だ。
不慣れな僕を、甘く酔わせる。
だから気が付くと、コクリ……と頷いていた。
すぐに彼の端正な顔がぐっと近づき、焦点が合わなくなった。
唇を舌先で優しくノックされたので、恥ずかしかったが目をギュッと瞑ったまま受け入れた。
湿った舌先が甘い水のように僕の唇の薄い皮膜を潤していく。そのまま唇の輪郭を辿るように丁寧に舐められ、心臓がトクン、トクンと跳ねた。
そして最後は1mmの隙間もないほど、ぴったりと塞がれた。
僕のものではない、あなたの温もりを確かに感じた瞬間だ。
僕は今、森宮さんと口づけをしている。
生まれて初めて……他の人と唇を重ねた。
これが僕にとって初めての接吻。
恥かしくて目を開けられない。でも不思議と怖くはなかった。それはあなたとだから。彼は最初は紳士的に、僕の唇の表面を確かめるように舐めたり吸ったり啄んだりした。
くすぐったいような甘酸っぱい想いが、どんどん湧き上がってくる。まるで甘美な薔薇の香りに包まれているように心が酩酊していく。
僕だって同性のあなたと付き合うことの意味、その先にあるものについて考えた。でも男同士で接吻したら、どのような気持ちになるのかは想像出来なかった。
接吻とは、とても気持ちよくて、もどかしく、たよりない。
想いを言葉でなく、仕草と呼吸で伝えるものだった。
僕の方も森宮さんの背中に手をそっと這わせると、森宮さんは僕の顎を掴んで更に口づけを深めた。唇に隙間を作った方がいいのか……そんなことも分からずに翻弄されていく。
「あっ……」
「そう、いい子だ」
「はぁ……んっ……」
次第に求められる量が多くなり、ついには苦しくなってしまった。不慣れな僕は、どうやって息継ぎを、呼吸をしたらいいのか分からず、とうとう目尻に涙が浮かべてしまった。
涙に気づいた彼は、反射的に唇を離した。
「悪かった。嫌だったか」
心配そうに覗き込まれたので、慌ててふるふると首を振った。
「違うんです。息が……苦しくて」
「あぁそうか。君は本当に可愛いね。少し深呼吸して木陰で休もう」
手を引かれ芝生に座らされた。服が汚れるなんて気にならない。彼とならどこへでも行きたくなる。
「ほら、飲んで」
「でも……これはあなたのために作ってきたものです」
「柊一が先に飲め。俺は後でいい」
手渡されたレモネードの氷は、もう解けていた。
僕の心も……すっかり解れていた。
怖かったのは、最初の一歩だけだった。
薄まったレモネードを口に含むと、爽やかな酸味と蜂蜜の甘さがふわっと口腔内に広がった。
「美味しいか」
「はい、とても」
「どれ、味見を」
横に並んで座り僕の肩を抱いた森宮さんに、二度目の接吻を受けた。
「あっ……」
今度は檸檬の味がした。
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