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花の蜜 8

 まずは森宮さんがお兄様と話すので、僕と雪也は一旦、厨房に戻ってきた。 「兄さま、なんだか緊張しますね」 「大丈夫だよ。僕たちはいつも通りで」  森宮さんに言われた通り、英国式の伝統的なアフタヌーンティーを提供する準備を黙々とした。  三段のお皿に上からケーキ・スコーン・サンドイッチの順番に盛り付けていく。   どれも練習を重ねた僕の手作り品だ。サンドイッチはさっき森宮さんにも提供したフィンガーサイズという手で摘まんでパクっと食べられる小ぶりのもので、具は卵ときゅうりとハムだ。スコーンは、苺ジャムとクロテッドクリームを添え、ケーキはスポンジとゼリーだ。 「雪也、少し待っていて。着替えてくる」 「はい!」  歌舞伎を観に行った日、森宮さんに作り直してもらった三つ揃えのスーツに着替え、ネクタイをキュッと締め、気持ちも引き締めた。 「わぁ兄さま素敵です」 「ありがとう。では行ってくるよ」 「頑張って下さい」  雪也が羨望のまなざしで送り出してくれる。  落ち着こう。両親が健在の頃、いつも繰り広げられていた光景を思い出そう。格式伝統を重んじる旧家の跡継ぎとして、僕が受けてきたものを再現すればいい。  英国式の正式なテーブルマナーは、瑠衣から手取り足取り学んでいる。  自分に自信を持とう!  怖くはない。森宮さんが傍にいて下さるので、僕はもうひとりではない。  そこからはほぼ昔の記憶と学んできた全てを思い出し、この洋館の当主としての礼儀正しい挨拶から始め、給仕、歓談と、ひとり三役を必死にこなした。  森宮さんのお兄様顔は、立ちも雰囲気も全然違った。  始終、値踏みするように見据えられて、手が震えそうになった。  だがその都度、森宮さんが上手く会話を繋ぎ、僕を優しい眼差しで見つめてくれたので、自分なりに納得のできる対応が出来た。 「しかし意外だったよ。冬郷家の当主自ら、給仕をしてくれるなんて」 「あいにく今は人手が足りませんので」 「へぇ料理人を雇うので精一杯なのか」 「いえ……もう料理人はおりません」 「でも菓子職人はいるだろう? このスコーンやサンドイッチを作った職人は誰かな。なかなかの腕前だ。ホテルで雇いたいな」 「あの……それも自分です」  目を丸くして驚かれた。 「いやぁ参ったよ。海里が随分と入れ込んでいるから、君のことを……正直……なよなよした男に依存している人だと誤解していた。すまない」 「えっ」 「兄貴は酷いな。柊一は気高い当主ですよ。この白薔薇の洋館の」 「あぁ、そのようだな」  森宮さんのお兄様がどこまで何を知っているのか分からないが、僕はいつものように毅然とした態度を取ればいい事だけは分かった。 「君の事……気に入った。そんな軟な顔をしていても自尊心をしっかり備え、勉強熱心だし、料理の腕前も確かだ。ホテルのレストラン事業にぜひ協力して欲しい。最初は洋館の賃貸借契約だけと思っていたが、君が必要だ。君に開業準備と開業後もずっと手伝ってもらいたい。この洋館をホテル直営レストランにする計画を任せたい」 「えっ……」  思ってもいない提案だった。  僕が必要と?   確かに今そう言ってもらえた。  両親を亡くし、会社を失い、進むべき道が見えず……この家どころか自分自身の舵も取れない状態だったのに、最高の道が見えて来た。  提案された道へ、僕の力で進んでみたい。 「喜んでお受けします。協力いたします」 「良かったな。柊一」  森宮さんに言われ、素直に頷けた。 「ありがとうございます。何だかまだ信じられません」  どこまでも、ありがたい申し出だった。 「これはすべて君の力で手に入れたものだよ。さぁ自信を持って」 「はい!」  森宮さんからの力強い言葉に、力強い返事が出来た。    やっと前を向ける。  あなたと肩を並べて進んでいける。  僕が……僕自身を取り戻していく!  

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