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花の蜜 11
柊一様からの手紙……
まず僕がその後英国で元気に暮らしているのか、丁寧に気にかけてくれていた。それから柊一様のご両親が二年前に交通事故で急死されたことを躊躇いがちに報告していた。
それから……駄目だ。
手が震えてしまう。
雪也様は無事か。
まさか……
それとも柊一様が窮地に追い込まれているのでは!
僕が柊一様の元を去る時、旦那さまの事業がひっ迫していたのだ。
その後どうなったのか。
英国に渡ってから、アーサーの手術と闘病に付き添い、看病に明け暮れて、すっかり冬郷家の事が抜け落ちていた。
元執事として……恥ずかしい。
海里に任せるだけで、自分からは何も知ろうとしていなかったことを後悔した。
「瑠衣、しっかりしろ。さぁ二枚目を読んで」
「あっあぁ」
便箋は二枚に渡っていたのか。僕としたことが気が動転して……常に冷静さを保ち続けるべき執事として、情けない有様だ。
「アーサー、僕は弱くなったな」
「君は今、羽を休ませている時だ。この2年間、俺のために時間をかけすぎた。自分を責めるな。俺にとってルイは必要不可欠な存在だよ」
「ありがとう……読んでみるよ。勇気を出して」
アーサーが僕を力強く抱きしめてくれる。
「あッ……」
一時は闘病生活で弱った細くなってしまった躰だったが、今は違う。
健康を取り戻し……逞しく僕を抱き、支えてくれる。
どうかこれ以上の不幸が書かれていませんように。
柊一さまの文体は一枚目とガラリと変わって、やわらかくなっていた。
……
瑠衣……
両親の死を今頃になって伝えたので、きっと……さぞかし驚いたよね。
驚かせてごめんなさい。
泣かせて……ごめんなさい。
当時の僕はひとりでなんとかしないとと意固地になってしまい、何もかも背負い過ぎていた。その結果……恥ずかしくて言えないような、とんでもない間違えた方向に進みそうになった。
そんな時、僕を助けてくれる人と巡り合ったよ。
その人の名を知らせたら……瑠衣は驚くかな。
でも、瑠衣は彼と懇意にしているから、ちゃんと僕から伝えないといけないと思い、思い切って、この手紙を書きました。
『森宮 海里さん』に、僕は助けてもらい、今も支えてもらっています。
……
「えっ海里? なんでここで海里が出てくるんだ?」
「ルイ……どうした?」
アーサーは日本語の会話はほぼマスターしているが、文字での読解はまだ苦手だ。
「驚いた、突然……海里の名が」
「あぁ、ここにカイリと書いてあるね」
「うん」
腑に落ちないような、落ちるような……
最近海里からの電話が多かった。
そして海里は誰かに真剣な恋をしていた。
それって、まっ……
「まさか!」
朧げな輪郭がはっきりしたように、僕の頭の中で柊一様と海里の姿が重なった!
「ルイ……二人は僕らみたいにsteadyな関係なのか」
「驚いた! 確信は持てないが、きっとそうだ」
なんてことだ!
喜んでいいことなのか、分からない。
海里がここに寄ったのはいつだ?
あの時はそんな話は微塵も……
ではドイツ留学から戻った後に、二人は出逢ったというのか。
手紙の最後はこう締めくくられていた。
……
瑠衣。驚かないで欲しい。
僕だけの北極星《ポラリス》見つけたよ。
希望という星だ。
雪也も大きくなり、いつも僕と一緒にいる。
今年の秋から冬にかけて、とうとう手術をするよ。
雪也も僕もちゃんと生きている。
だから瑠衣も英国で元気で生きていて欲しい。
信愛なる瑠衣へ
柊一より
……
涙が溢れて、とうとう本気で泣いてしまった。
きっと……この手紙には書いていな、お辛いことが沢山あったに違いないのに……柊一様はいつもこうなのだ。ギリギリまで一人で頑張ってしまう。でもそんな柊一様が頼れる相手が出来たと言っている。
しかも相手が……僕の大切な異母兄、海里だなんて。
「ルイ、この涙はしあわせだから?」
「アーサー、僕はここにいる。君の傍にずっと……でも」
「分かっている。一度、日本に里帰りしたいのだろう? 柊一くんや海里に会いに。雪也くんに会いに……」
「なんで……分かる?」
「俺達、何度躰を重ねたと? ルイはもう俺の一部だ。だから分かるよ。君が望むこと……心で感じていることのすべてが……」
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