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花の蜜 13

   結局……今日も森宮さんに自宅まで車で送ってもらった。  森宮さんは平日は医師として多忙な日々を送っている。だから休みの度に貴重な時間を僕のために費やしてもらうのは忍びなくて、今日こそはひとりで電車で帰ろうと思ったのに。  彼の甘い言葉を聞くと駄目だな。  僕はいつだって期待で胸を膨らませてしまうよ。  ずるい……あぁ言われたら絶対に断れないのを知っている癖に。  いつも白薔薇の香り漂う中庭《テラス》で、僕たちは接吻の続きをした。  あの日からずっと重ねている、ふたりだけの秘密の約束《Promise》。  彼と唇を合わせると、熱く求められているのを身をもって感じるられる。唇の輪郭に沿って丁寧に舐められたり吸われたりすると……頭の中がぼんやりして甘美な気持ちに酔いしれてしまう。  確実に……僕らの口づけは段階を踏んで、深くなっている。  まるで手ほどきを受けているようだ。  そうだ、僕は彼から恋の授業《 lesson》を、夜な夜な受けている。 「さぁ着いたよ」 「ありがとうございます」  車寄せから屋敷の二階を見上げるが雪也の姿はない。その代わり彼の部屋に明かりが灯っていた。森宮さんと逢う日は……雪也はあの窓から覗かない。  きっと気を遣っているのだろう。そして僕もそれに甘えてしまう。 「さぁおいで」  森宮さんが長い腕を真っすぐに伸ばして、誘ってくれる。  まるで舞踏会のように、僕はその手を取る。  中庭に続く小径を、静かに無言でエスコートされていく。  夜露に濡れた白薔薇は瑞々しい香りを放ち、頭上には半月《ハーフムーン》が浮かんでいる。  『ムーンライト・セレナーデ』  僕の頭の中では、ジャズの名曲が流れている。 「ここは、いつ来ても雰囲気がいいね」 「森宮さんが気に入って下さって嬉しいです」 「おいで、続きをしようか」 「……はい」  いつも彼は接吻のことを『続き』と言う。  続きはどんどん続き、やがてどこに流れ着くのか。  朧げな対岸がはっきりと見えて来るのが怖いような、期待するような。 「大丈夫。少しづつ階段を上ればいいい。柊一は何も怖がるな」 「あなたの期待に添えられるか分からなくて……」 「大丈夫、全部一から教えてあげるから」 「怖いような……怖くないような」 「口づけは気持ち良さそうだけど?」 「あっ……はい」  頬がカッと火照るのを感じる。 「さぁ続きを……」  背の高い彼の背後には、スッと半分に切り揃えたような美しい半月だけが、見えた。  僕が静かに目を閉じると、すぐに湿った温もりを唇に感じた。    すっかり慣らされた僕は、潤いをもっと与えて欲しくなってしまう。 「口……開けられるか」  一旦離されてしまうと名残惜しく……そう問われたので、『こうですか』と首を傾げ、唇を薄く開いてみせる。 「そう、よく出来たね。可愛いよ」 「あっ」  もう一度ぴったりと唇を塞がれる。  そして薄く開いた唇の隙間から、森宮さんの舌先が侵入してくる。  舌先でこじ開けられていく。  僕の躰の内側を見られているようで、無性に恥ずかしい。  上顎の裏を舐められ…… 「あうっ」    変な声が漏れてしまった。  何、これ……?  この感じは……  尖らせた舌先でなぞられて、初めての快感に頭をのけぞらしてしまった。 「んんっ──」 「慣れて」  何度も何度も熱い口の中を擽られ、もう少しも、じっとしていられなくなる。 「森宮さんっ、森宮さん──」  思わず彼の背に手を伸ばし、しがみついてしまった。  翻弄されてしまう。  幼子のように僕は、あなたに── 「俺に掴まれ。沈まないから。躰の力を抜いて任せろ」  彼は教えてくれる。    僕に恋という海の泳ぎ方を──    

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