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花の蜜 14
「もっ……もう……アッ……あ」
「もう少しだ」
「もうっ……あぁ……っ」
息が出来なくて、溺れそうだ。
唇から注ぎ込まれる熱にうなされるように僕の躰は小刻みに震え、口からは、小刻みに出したこともないような甘やかな声が漏れていた。
頭がぼーっとし、腰も痺れ……もう立っていられない。
ガクガクと膝が震え、下半身もさっきから変だ。
「あっ──」
いよいよガクッと力が抜けてしまった。
「おっと、危ない!」
そう思った瞬間……森宮さんが芝生に崩れ落ちそうな躰を、腰に回していた手でぐっと支え持ち上げてくれた。
「はぁ……はぁ」
「ふぅ……君が良すぎて……俺まで溺れそうになったよ」
二人もう一度真正面から深く抱き合って、息を整え合った。
「えっ、森宮さんもですか」
意外に思って見上げると、森宮さんの美しい形の額にうっすらと汗が浮かんでいた。その姿に本当に長い時間、僕らが夢中で唇を合わせていたのを感じ、羞恥で頬がまた染まった。
二人は見つめ合い微笑んだ。
そろそろ今日の授業《 lesson》も終わりだろうか。
今日はいつになく深い接吻をし感動に震えた。
「大丈夫かい?」
「はっ……はい、なんとか」
「……ちっとも大丈夫じゃないよ」
っとその時、何故か僕たち以外の男性の声がしたので、森宮さんと今度はギョッとして顔を見合わせた。
この中庭《ガーデン》の造りは凝っていて、外部からは簡単に辿り着けない迷路のようになっている。
だから、ここまで入って来られる人といえば……まさか。
「る……るい……瑠衣なのか」
ところが白薔薇をガサッと揺らし、すっと現れたのは明るいアッシュブロンド、金髪碧眼の西洋人だった。
えっと……何故……この庭に貴族の館の当主のような人物が、突然現れたのだろうか。
目の錯覚かと思い、何度も瞬きしてしまった。
森宮さんよりも背が高く……まるで彼はあの絵本の中の王子さまそのものだ。
すごい……っ
僕は先ほどまでの激しく甘い接吻を忘れ、物語の世界に入り込んでしまった。
「お、お、お前、なんでここに?」
僕の横で、森宮さんは驚愕の声をあげていた。
「海里……君もやるなぁ。こんな白雪姫《Snow White》みたいに初心な子にあんな激しい|キス《kiss》を仕掛けるなんて」
「うっ、アーサーそれは言うな。ふぅ参ったな……瑠衣、そこにいるんだろう? もう出て来いよ」
森宮さんが茂みの陰に向かって手招きすると、黒く細い影がゆらりと揺れた。
「……恥ずかしくて出るに出られないよ。海里……」
あああ、この声……この凛とした雰囲気。
見間違えるはずない。
瑠衣……この家の執事を長年勤め上げた瑠衣だ!
英国にいるはずなのに、何故……
「うっすまない。それについては謝る」
「瑠衣っ……瑠衣!」
僕は、瑠衣に向かって走り出していた!
「会いたかった!」
瑠衣に抱きつくと、瑠衣も僕をふわりと包み込んでくれた。
ほっそりとした、たおやかな指先が触れる。
あぁ……なんだか、とてもほっとする。
僕が何も知らずに両親や瑠衣の元で豊かにのびのびと生きていた頃の匂いを感じ、涙が込み上げてきた。
「柊一様……遅くなりました」
「瑠衣……僕は……僕はっ」
「柊一様、本当に頑張りましたね。すみません。私は何も出来ずに……」
「ありがとう。瑠衣、瑠衣に会いたくて……あの手紙を書いたが、まさか本当に会えるなんて……」
瑠衣が優しく僕の背中を撫でてくれる。
小さい時、そうしてもらったように、優しく労りの心をもって……
「……会いたくなるに決まっていますよ。アーサーがここに連れて来てくれました」
「アーサーって、あのアーサーなのか」
そこでようやく……あの王子様のような西洋人が、瑠衣に長年手紙を送り続けた『アーサー』だと理解出来た。
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