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花の蜜 15

「It's so nice to finally meet you.(やっと会えて嬉しいよ)」  突然の流暢な英語に、まだ気持ちが興奮し動転したままの僕は返事に詰まった。幼い頃から手厚く英語教育は受けて来たのに、実践で使う機会がないと役に立たない。 「アーサー、柊一様を驚かせないで。柊一様、大丈夫ですよ。彼は日本語が流暢なので」 「瑠衣はすっかり執事の顔だね。まぁ俺も瑠衣から手取り足取り習ったからね。そうだ、柊一にも実践してみせようか」 「え? 何を……」  そう言いながら彼は、瑠衣の頬に唇をあてた。  その様子に呆気に取られてしまった。 「アーサー! こんな所で、なっ何をする!」  いつも取り澄ました表情の瑠衣の顔が、途端に羞恥で歪んだ。  一方接吻を仕掛けた彼は蠱惑的な笑みを浮かべ、どこまでも低く艶めいた声で、瑠衣の耳元で囁いた。それはまるで僕に言い聞かせるかのようでもあった。 「何だ? 足りないのか」 「あっ……よせっ」  瑠衣は彼に顎を取られ、頭を仰け反らせた。そして、そこに真正面からたっぷりの口づけを受けてしまった。 「アー……」    なんだか……これは、もう……まるで映画のようだ。  スローモーションのように、一つ一つの動作がゆっくり動いているように見えるよ。  抗議するように瑠衣の手が……彼の逞しい胸をドンドンと叩くと、彼の空いている方の手がお構いなしに瑠衣の腰に回り、ぐっと細い腰が彼の下半身に密着する程浮かされてしまった。  背伸びするような窮屈な姿勢で、アーサーの口づけを受け続ける姿は、どこまでも扇情的だった。   「んっ……うっ……」  瑠衣は恥ずかしそうに頬を染め、観念したかのように目を閉じた。  次第に……瑠衣の白い首が、うっすらと朱を帯びてくる。  瑠衣のこんな表情は見たことがない。  僕の傍で執事をしていた頃の瑠衣は、いつも顔色ひとつ変えず冷静沈着だったのに、今は愉悦を覚え、唇も頬も首筋も薄い桜色に色づいて、どこまでも綺麗だ。  瑠衣は……まるで桜のようだ。  いつの間にか花を咲かせ、花びらがひらひらと美しく舞っている。  瑠衣……君は綺麗になったね。  髪だって前のようにビシッと固めておらず、目を覆う程の長さに伸び、サラサラと揺れている。   「……あっ」  瑠衣が小さく喘ぐ。    アーサーに無遠慮に唇をこじ開けられ、舌をいれられたようだ。    あ……これって、さっき僕が森宮さんにされたことだ。  こんなことをしていたのだと思うと、僕の心臓もドキドキが止まらない。  ますます彼らの口づけが深くなるのを感じた。  そうか、次の段階に進んだのだ。  湿った水音が、夜の湿った空気に溶けていく。 「アーサーそこまでだ! この辺りで対等だろう」  森宮さんが僕の肩に手を乗せ、アーサーに告げると、彼も素直に従った。 「あぁこれで俺たちは同士になったな」 「アーサー! き……君って人は」  瑠衣が咎めるようにアーサーを睨むと、彼は肩を竦めた。 「すっすみません。柊一さまにお見苦しい所をお見せして」  濡れた唇を手の甲で拭いながら、瑠衣が侘びてくる。  瑠衣は僕の前にでは、こんな時でも執事モードに戻ってしまう。  それがなんだか癪に触るよ。だって今は…… 「見苦しい事なんてない。綺麗だった! 瑠衣。僕たちはもう雇用関係ではない。だからもっと気楽に接して欲しい。それにアーサーを怒らないで欲しいよ。彼は僕に授業《 lesson》の実践をしてくれただけだ」 「あぁ……柊一様からそんな言葉を聞くとは……嘆かわしいです」  瑠衣はこめかみに手を当てた。  その手を僕は優しく包んだ。 「瑠衣、瑠衣。心配しないで……君はしあわせなんだね。とても幸せな口づけを受けていた。見せてくれてありがとう」 「……柊一さまこそ……」 「うん、やっと素直になってくれたね。僕も……今、とてもしあわせだ」  

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