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花の蜜 19

 僕はこの家の当主らしく……気高く振舞えただろうか。  するとアーサーさんが微笑みながら、右手を差し出してくれた。 「Hi, it’s a pleasure to meet you.(お目にかかれて光栄です)」 「You, too(僕もです)」  しっかりと握手を交わした。  アーサーさんと英国英語《British English》で交わし合った挨拶は、どこまでも上品で典雅《elegant》で、本当にこの人は生粋の英国貴族で爵位を持つ人物なのだと感心してしまった。  最後に突然予期せぬ頬への口づけを受けたので、戸惑ってしまった。 「わっ!」  英国式の挨拶に不慣れな僕は咄嗟に頬に手をあててしまう。  もうっ、せっかく当主らしく振舞っていたのに台無しだ。  途端に頬が火照り、おどおどしてしまう始末だ。 「なるほど、想像通り初心な反応だ。よほど海里に大切にされているようだ」 「アーサー! 柊一さまに型破りな挨拶は余計です」  瑠衣にピシャリと言われても、アーサーはどこか嬉しそうにするだけで、お構いなしだ。もしかしたら何でもいいから瑠衣に絡んで欲しいだけなのかも?なんて密かに思ってしまった。  だって……怒りながらも瑠衣の眼には、愛おしさが潜んでいる。  アーサーと瑠衣は本当にお似合いで、ふたりが今どれだけしあわせで、どれだけ信愛しあっているのかが、伝わって来る。  日本に揃って来てくれて嬉しいよ。手紙だけでは伝わらない甘い雰囲気を存分に感じているよ。そう伝えたかった。 「では客室にご案内します」    どこに泊まっていただこうかと一瞬迷った。  森宮さんは先日と同じ部屋がいいだろう。  でも……この二人はもしかして今宵……  まだまだ僕は大人の事情に疎いので悩んでいると、森宮さんが助言してくれた。 「柊一、俺が泊らせてもらった部屋の隣も客室だろう?」 「えぇそうですが」 「そこがいいと思う。俺も広い屋敷にぽつんと独りは寂しいしな」 「あっすみません。あんな遠くの部屋をご用意して」  僕は迷いに迷って……森宮さんに僕の部屋から階も違えば、廊下の一番奥の部屋を案内したのだ。  もしかして変な警戒していたのか、今となっては恥ずかしい。 「いや、柊一が部屋に遊びに来てくれたので寂しくなかったよ。今日も待っているよ」 「えっと……あの」  もうっ──   先日森宮さんが泊まられた時のことを思い出し、また頬が火照る。  当主というものは、いかなる時も冷静に!  何度も何度も教え込まれた事が、森宮さんが相手では通用しない。  調子が狂ってしまうよ。 **** 「さぁどうぞお召し上がりください」 「おお。これが日本食か。寿司とはなんと美しい! まさに芸術だな!」 「あぁもうっアーサーは日本に来るのが初めてなので申し訳ありません。騒がしくて」  瑠衣が苦笑しながら、ぺこりと頭を下げる。  眼前にいる瑠衣は……今まで僕が知っていた彼ではない。  微笑ましい世話焼きぶりに、森宮さんと顔を見合わせて少し笑ってしまった。  詳しい事はまだ聞いてないが、瑠衣は森宮さんの異母弟だ。  きっととても大切な肉親なのだろう……僕と雪也のように。  そう思うと、瑠衣の事がますます好きになる。 「お兄様、お寿司なんて本当に久しぶりですね。お父様がいらした時はよく連れて行ってくださいましたよね。あの銀座のお寿司やさん、懐かしいですね」 「うん、実はあのお店のだよ」 「えっそうなんですか。とても嬉しいです」  そう言えば……森宮さんと出かけると不思議な事が多かった。  何故か僕の好きなお店を知っていたり、その店の好物まで良く知っているので不思議だった。今日の寿司屋だって偶然かと思ったが、雪也の笑顔を見ていると、わざわざ選らんでくれたのだと悟った。 「不思議そうだね。俺がどうしてそんなに柊一の好みを知っているか気になる?」 「それは気になります。あっもしかして……」 「そう、スパイを忍ばせておいた」 「あぁそういう事だったのですね。いつも瑠衣に聞いていたのですね、あのミルクティーも」 「そういうこと。柊一にもっともっと俺の事を好きになってもらいたくて、必死だったよ」  甘い言葉、甘い瞳。 「海里にさりげなく聞き出され、柊一さまの好みを色々と情報提供してしまいました。すみません」  瑠衣がすまなそうに侘びるが、そうじゃない。 「その気持ちが嬉しくて……毎回夢のようでした。もしかして森宮さんは魔法《Magic》が使えるのかと……あっすみません。変なことを」  また魔法だなんて幼いことを言って、恥ずかしい。 「柊一さま、それでいいのですよ。もう自分を解放していいのです。柊一様の好きな世界に羽ばたいていいのです」  瑠衣も魔法の言葉《Magic Words》を、僕にくれる。  

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