154 / 505
花の蜜 20
「ごゆっくりお休みください」
「……なんだか慣れませんね。それは僕の台詞なのに。それにこの部屋は贅沢過ぎます」
二人を浴室と化粧室付の特別な客間に案内すると、瑠衣は戸惑った表情を浮かべた。
彼にとってこの家は、執事として暮らした家なので無理もない。
「君はもうこの家の執事でないんだよ。瑠衣は瑠衣になった」
「柊一様……」
「その『様』も、もういらないよ。さぁ……僕に君をもてなさせてくれないか」
「ですが……」
なんだかしんみりしそうだ。
瑠衣が去ってからの頑張りを認めてもらえて嬉しかったので、もっと僕が大人になった所を見てもらいたい。それなのに森宮さんにはどこまでも甘えたい気持ちが芽生えてしまう。
「瑠衣……僕はどうして森宮さんには素直に甘えられるのかな。不思議だよ」
「柊一さまは、ゆとりを持てるようになったのです」
「ゆとり?」
「そうです。愛を育む時間を自ら……。海里は……懐の深い、いい男です。弟の僕が人柄については保証します」
彼らが異母兄弟として、ここまでどういう人生を歩んできたのか、僕にはまだ分からない。
でも……今、目の前にいるふたりが過去の結果だとしたら、全部受け入れられる。いい事も悪い事も……
「心強いよ。僕は……瑠衣と森宮さんの事情、全然知らなくて悪かった」
「言っていなかったのですから当然です。むしろ自然に気づいていただけて驚きました」
「ふたりの血が繋がっているのが嬉しいよ。これからは……瑠衣は僕の友人だよ」
「嬉しいお言葉です」
「さぁ、ふたりだけの夜を過ごして」
瑠衣は恥ずかしがっていたが、アーサーさんは笑みを浮かべていた。
「Thank you so much for your wonderful hospitality!(最高のもてなしをありがとう)」
「Have a sweet night!」
扉をパタンと閉めると、幸せな吐息がふわっと漏れたようだった。
****
「森宮さんは、お部屋は大丈夫ですか」
瑠衣とアーサーを案内した後、俺が泊る部屋に柊一がやってきてくれた。
可愛い当主ぶりが微笑ましくて堪らない。
いつもこんな風に頑張っていたのかと思うと、愛おしさが募り目を細めて見つめてしまう。
「あの、僕の顔に何かついています?」
「あぁいや。あまりに可愛いから」
甘い言葉に柊一は弱く、すぐに頬を染め上げてしまうのだ。
「僕は当主らしく振舞えたでしょうか」
「もちろんだよ。完璧だった。立ち居振る舞いも何もかも……落ち着いてできたね。偉かったね」
扉を後ろ手で閉め、柊一の背中を壁に押し付けるように立たせる。
「あの?」
柊一は不思議そうに顔をあげて、俺をじっと見つめた。
客室の橙色の間接照明を浴びた柊一の瞳が菫色に見える。
食べてしまいたい程に愛おしいとは、このことを言うのか。
「ご褒美をあげよう」
「えっ!」
俺は右手を壁につき、柊一のことを見下ろした。
柊一の頬がますます染まり、サラサラな黒髪が細かく震え出す。
こんなに無垢な君は……やはり食べてしまいたい衝動に駆られる。
「あ、の……」
柊一が戸惑いの声を出すため唇を薄く開いたので、有無を言わさず奪う。いつもなら許可を取るが我慢出来ない。まずいな……そろそろ制御出来なくなりそうだ。
「……あっ」
柊一の声が隣室に漏れないよう、ぴたりと俺の唇で塞いで、左手で柊一の細い腰を掴み、グッと抱き寄せる。
「ん……っ」
恥ずかそうに逃げようとするから、抱く手にもっと力を入れてしまう。
「駄目だ。今日は離さない」
壁についていた手を動かし、彼の黒髪を指先で宥めるように梳いてやる。
「そう……いい子だね。さぁ先ほどのように舌を出してごらん」
「あ……っ、うっ……っ」
まだ怯えている舌を優しく誘いだし、絡めていく。
君とひとつになっていく……気分が満ちて、俺も口づけだけで酔いそうだ。
「森宮さ……ん、森宮さん」
必死に呼ばれると、愛おしさと切なさが混じった感情が迸る。
「なんだ?」
「僕はあなたが……好き……です」
「ありがとう。俺も愛してる」
「僕……瑠衣のようになれるでしょうか。こんな僕でも」
可愛く初心な柊一は、自分が恋に不得手で覚束ないことを、恥じらっているのか。
「馬鹿だな。瑠衣は瑠衣。人は人だ。俺達だけの世界を作っていこう。君が望む世界を」
「あ……」
「言ってみて。君を愛していくから。大切にしていくから……俺の人生をかけて」
重すぎる愛の告白も言葉も、柊一にはすべて伝えたい。
「僕の……王子様なんです。森宮さんは……僕に続きをもう少し……教えてください」
ともだちにシェアしよう!