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花の蜜 22
「兄さま」
「雪也、もう眠る支度は出来た? 」
「はい! 」
雪也は一足先にお風呂に入り髪を乾かしていた。
お揃いの白いパジャマが、艶やかな黒髪に映えている。
「あれ? まだ濡れているね。僕が乾かしてあげる」
「わぁ、ありがとうございます。あの……」
「ん?」
「最近の兄さま……とても優しいです」
「そうかな。優しいとしたら、心のゆとりが出来たからかも」
「嬉しいです」
可愛い事を……僕だって嬉しいよ。
また雪也と……こんなにもゆったりとした時間を持てるなんて、夢のようだ。
優しく髪をドライヤーで乾かし、サラサラな黒髪を指で梳くと心地良かった。
ふと彼の事を考える。
森宮先生の髪は明るい茶色だ。絹糸みたいに繊細そうで、触れるとどんな感触だろうか。いつも彼は僕の髪に触れるが、僕は触れたことがない。
今度……触れてみようかな。
そうだ。後で……後で来てくれと言われている。
何だろう? 呼び出される理由が分からない。
おやすみの挨拶なら、先ほどしたのに。
おやすみの口づけも、たっぷりと溢れる程もらったのに。
「もぅ兄さまってば、さっきからまた百面相ですね」
「えっ」
「いえいえ、僕はもう寝ますよ」
「あ……寂しくない? 僕も一緒に……雪也が眠るまで、久しぶりに添い寝してあげようか」
心にゆとりが出来ると、自然と時間の針もゆったりと進むようだ。
「クスクス……っ、兄さまってば僕はもう中学生ですよ。いつまでも赤ちゃんではありませんよ」
「ごめん。でも……」
僕が少しがっかりしたのが伝わったのだろうか、雪也が細い手を布団から出して握ってくれた。
「手を繋いでいてください。僕が眠るまで……」
「分かった」
「……でも、僕が眠ったら、あとは兄さまだけの時間ですよ」
雪也はいつも意味深なことを言う。
『僕だけの時間』とはどういう意味なのか。
「兄さま、怖がらないで……海里先生は紳士ですよ」
「え?」
「……たぶん……ですが……」
僕の戸惑いを知って?
僕が尻込みしているのが伝わっているみたいで、恥ずかしい。
僕は雪也より10歳も年上なのに。
しっかりしないと。
でもこればかりは、いつもと勝手が違って――
けっして嫌ではない。
むしろ気持ちいい。
森宮さんに口づけされるだけでも胸が高揚するのに、先程のように深く舌を絡められると、今まで経験したことがない感覚に躰が包まれ、制御出来なくなりそうだ。
この先どうなってしまうのか。
続きを教えて欲しいと……積極的に願い出たのも、僕なのに。
****
風呂から上がると、綺麗に折りたたまれたバスタオルと、柊一なりに苦心して用意したであろう浴衣が一式用意されていた。
なるほど、これを寝間着代わりにしろと?
よほど前回の裸が堪えたのか。
浴衣なんて、この顔に似合わないのでほとんど着た記憶がないよ。
混血で洋風な顔立ちは、いい意味でも悪い意味でも一目を引いた。だからこんな外見と似合わないものなんて嫌で着たことがなかったが、可愛い君の頼みなら言う事を聞くよ。着て見せよう!
浴衣を着て部屋に戻ると、隣の部屋の灯りは、もう扉の隙間から漏れていなかった。
もう|寝床に入った《bed in》のか。
二人で愛を語っているのか。
柊一がやってくるまで、暫く読書でもしようと壁にもたれると……微かに話声が隣室から聞こえた。
アーサーはいつもより低く、瑠衣はいつもより甘く。
どうやら隣では、既に特別な時間が始まっているようだ。
トントン──
そのタイミングで、柊一が俺の部屋にやってきた。
「おいで」
「……はい」
急いで風呂に入ったらしく、まだ少し黒髪が濡れている。
白い清潔なパジャマ姿が、白い肌と黒髪を引き立てている。
風呂上りのせいで首筋も鎖骨も火照って朱色になっているのが美しかった。なるほど、これは……しっとりとした色気があるな。清純な色気は何よりも刺激的だ。
「あの、何か?」
「君と音楽でも聴こうと思ってな」
「音楽? あっこの部屋には準備していませんでしたね。すみません。オーディオ機器を今すぐ持ってきます」
「また可愛いことを。さぁいいから。こちらにおいで。一緒に聴こう」
「ですが」
柊一が心配そうに、俺を見つめる。
「あぁ浴衣ならちゃんと着ているよ。ほら……」
ところが、手をあげて見せると、着方がよく分からなかったので、胸元が大きく崩れ乳首まで露わになっていた。
驚いた柊一が一歩退いてしまう。
「わっ!」
「あぁすまない。着方がわからなくてね」
「あっ、あの僕が直しましょうか」
「出来るのか」
「えぇ、雪也によく着せていましたので」
「じゃあ頼むよ」
一旦ベッドから立ち上がり甘い気分で彼を見下ろすが、柊一は客人をもてなす当主の顔になってしまっていた。
崩したい――
「では一度脱がせますね」
「えっ」
襟を整えるだけじゃないのか。いや待てよ。それは君にとって刺激が多すぎないか。当主として使命感に燃える君は気づいてないだろうが。
「あの、かなり着崩れているので一から直しても? 」
「柊一、君は大丈夫なのか」
「はい? 大丈夫ですよ。雪也で慣れていますので」
本当にいいのか。
俺は……
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