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花の蜜 26
「柊一さま、怒っていませんから……さぁお召し物を着替えましょう。それではあまりにも……」
瑠衣がまるで執事時代に戻ったように、僕を優しく呼んでくれる。
僕と瑠衣はもう主従関係でないのに、こんな風に優しく穏やかに呼んでくれるから、森宮さんに隠れるのをやめて、おずおずと前に出た。
「柊一行ってしまうのか。参ったな。騎士として面目が潰れるよ」
森宮さんが笑いながら、僕を引き留める。
「えっ、そんなつもりでは」
「海里、ふざけていないで。柊一さまは早くお着替えを」
「着替え?これはこれで可愛いが」
瑠衣は森宮さんには強気なのが、意外だった。
瑠衣の方が弟だと聞いていたのに、立場が逆のようだ。
「海里こそ、浴衣も満足に着られないの?」
「ははは、そうだな。いくら騎士を気取っても、この着崩れた浴衣姿では面目が立たないな」
森宮さんの浴衣姿は、実際かなり際どい。かろうじで帯で保っているが、逞しい肢体がちらちらと見え隠れしている。
堂々としているので、朝日に照らされて一層眩く見えた。
「さぁ海里、早く着替えて」
「まぁそう急かすなよ。瑠衣こそ、昨日はいい音楽をありがとうな」
「音楽……何の事……あっ」
眉をひそめた瑠衣が、みるみるうちに白い首筋を真っ赤に染めあげてしまった。
気の毒な程に……
「いい音を奏でていたな」
「かっ海里っ……」
「おい海里! 俺のルイを泣かすなよ」
わっアーサーさん素敵だ。ついに瑠衣の騎士の登場だ。
僕もぼんやりしている場合ではない、長男らしく当主らしく勤めないと。
「ちょっと待って下さい! 我が家で喧嘩は禁止です!」
「やれやれ。柊一は俺たちがやり取りしている間に、当主としての体面を保つことを思い出してしまったな。まったく可愛いことを……では、頑張っている君に従うよ」
どうやらこれで一件落着のようだ。
「柊一は瑠衣に着替えさせてもらうといい。瑠衣はお前の世話を焼きたくてウズウズしているよ」
「海里……」
図星をさされたのか……瑠衣は面映ゆい表情を浮かべていた。
「ありがとう、今日だけ、少しだけ柊一さまをお借りしても」
「いいぜ。柊一はお前が手塩にかけたご当主さまだろう。それに瑠衣は本当にやわらかい表情が出来るようになったな。それを間近で見ることが出来て嬉しい」
最後は和やかな流れ……
穏やかな朝の空気に包まれた。
****
僕は昔のように……久しぶりに瑠衣に着替えを手伝ってもらった。
僕のクローゼットはもう昔の面影はない。みんな質屋に持って行き、売り払ってしまった。
「……」
瑠衣は悔しそうな表情の後、何か言いたげだったが、無言で僕に手持ちの服の中から一番整った物を着せてくれた。
僕は実は、瑠衣と二人きりになれる機会を伺っていた。
「実は瑠衣に教えて欲しい事があって」
「……どうされました? 私でよければ何なりと」
僕にとって瑠衣はいつも兄のような存在でもあり、精神的肉体的成長も大いに支えてもらった。
今日はその肉体的な成長について……更に進んだ事を聞いてみたかった。
つまり森宮さんとの今後の事を、相談したかったのだ。
アーサーと愛し合う瑠衣になら聞いてもいい気がしていた。
「瑠衣にしか聞けないんだ。こんなこと、恥ずかしくて……」
「……柊一さま」
「……聞いてもいい?」
「……ここだけの話にして下さるなら」
瑠衣は僕の瞳を真剣に見つめ、観念したように願いを受け入れてくれた。
「あの……昨日の夜のことなんだけど」
瑠衣が突然血相を変えた。
「どうされました? まさか海里に無理強いでも……」
「えっ嫌だな。森宮さんはどこまでも紳士的で、僕たちはその……まだ接吻しかしていない」
「接吻……」
瑠衣が安堵のため息を漏らす。
「良かったです。では、聞きたい事とは何ですか」
「ん、あのね……実は、昨夜は接吻の後、ここを何度も何度も……触られてね」
僕が自分の胸を手の平で擦る仕草で伝えると、瑠衣の顔は、また真っ赤になってしまった!
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