161 / 505

花の蜜 27

  「うっ……」  柊一さまからの質問は、答えを窮する内容だった。    海里……君を恨むよ。  柊一さまが10歳の頃から成人するまで、僕が一番近くでお世話してきた。だから教えられる事はすべて伝えたはずだったのに、これは…… 「瑠衣、君なら教えてくれるよね。その、男性同士が愛しあうのには、どうしたらいいのか」 「柊一さま……」 「君はいつだって僕に道を教えてくれた。もちろん僕はもう成人して社会人だから、自分の人生は自分で切り開いていく。でもそれとこれとは違う。この問題は僕にとって……とても切実なんだ」  切実……    追い打ちをかけられ、観念するしかなさそうだ。  この先、海里と共に、柊一さまが心身ともに幸せで過ごされることを祈っている。  ご両親を一度に失いどんなに苦労されたかは、彼の箪笥を見ても分かる。この時期ならば上質な麻のシャツやしなやかな綿のベストなどが、ぎっしり詰まっているはずなのに、見事になくなっていた。  冬用の箪笥からもカシミアや上質なウールのコート、マフラー等、何もかもなくなっていた。  質に入れないといけない程、貧窮されていたのだ。  何も知らずに英国でのうのうと暮らしていた自分が恥ずかしくなる。  着古した衣類が数組ずつ残っている様子に、胸が塞がった。  柊一さまはお一人でここまで頑張ってこられたのだ。まだ幼い雪也さまを育て病気の治療を受けさせて……お父様が築かれた会社を自らの手で整理され、慣れない外のお仕事をされた事を聞かされた時は、かなりの衝撃を受けた。  そう思うと、僕がこれから教える事なんて、ちっぽけなことだ。 「分かりました。では一度上着を脱いでいただきますか」 「うん」 「……上半身裸に」 「分かった」  どうしても確認したかった。幼い頃から風呂の世話など、全部僕がしてきた。その柊一さまのお身体によからぬ傷がついていないか、この目で確かめたい。  柊一さまは僕を信頼してくださり、コクっと頷き、素肌を露わにしてくれた。まだ少年のようにほっそりとした躰、傷ひとつない絹のような肌触りなのに、安堵した。 「よかった。お綺麗なままで……」  思わずため息と共に吐いた言葉に、柊一さまは、ほろりと泣いた。 「瑠衣、本当にそう思ってくれるか。 僕はまだ……綺麗か」 「当たり前です。お綺麗です」 「教えてくれないか。どうやったら瑠衣たちみたいに愛を奏でられるのか」 「……っ」 「僕は何も知らないで大人になってしまった。……その、女性との経験もないから分からなくて。君たちの音楽はとても美しかった」  耳朶まで赤くして、柊一さまが蚊の鳴くような声で訴えてくる。  彼も恥を忍んで聞いている……僕も覚悟を決めないと。 「分かりました」 「よかった。瑠衣ならきっと教えてくれると。森宮さんが教えて下さるだろうけれども、少しだけ先に聞いておきたくて。ほら予備知識というものは当主たるもの必要だろう」  恥かしい……まだ少し抵抗がある。僕自身の性体験を、まさか僕が育てあげたお屋敷のご当主さまにお教えすることになるとは。  でもこれが僕に出来る最後の執事としての務めなのかもしれない。 「私の胸を……シャツの上から、触ってください」 「え?」  柊一さまは驚いて、つぶらな瞳を見開いた。 「私の躰で確認してください」 「う、うん」  柊一さまに胸を触れられる。  そっとその手を誘導し、胸の尖りに触れてもらう。 「ここに……何があります?」 「……胸?」 「胸には何がついています。男性でも女性でも同じです」 「あっ、ちっ、乳首……のこと? ここなの」 「……はい。ここが感じるようになるのです」 「そうだったのか。僕は慣れなくて、昨夜はただただ……擽ったくてね。布が擦れて……その」 「もっとお気持ちをリラックスさせて、集中するのです」 「うん。お前はここで感じるの?」 「……えぇ」  柊一さまに触れられても、固くなったのを感じる。  アーサーが毎晩ここばかり弄るせいだ。きっと── 「胸で感じられるようになれば……次はいよいよ下を解していくのです」 「えっと……何を?」 「……入り口をですよ」 「どこのこと?」 「……」    本当に本当に何も知らないのか。  無垢な躰……無垢な心。  海里……本当に頼むよ。  どうか傷つけないで、綺麗に花咲かせて欲しい! 「男性が女性を抱く行為については、授業で習いましたよね」 「……うん、まぁ」 「男性同士でも、しっかりと繋がれるのです。ただ柊一さまの、その入り口はまだ固く閉じているので、海里に優しく時間をかけて解してもらって下さい」 「あの、その、ごめん。どこのことなの?」 「う……もう……勘弁してください、これを差し上げますから。あとは海里に直接触れてもらって下さい」 「そんなに恥ずかしがらなくても……」  鞄から英国製の潤滑油の小瓶を取り出し、柊一さまの手の平にそっと乗せた。 「綺麗……何だか魔法の小瓶みたいだね」 「そうですね。それがあればきっと夢は叶うでしょう」 「うん。僕ね……森宮さんともっともっと触れ合いたいと思っている。ひとつになりたいと」 「……それは、ひとつになるための手助けをするでしょう」 「分かった。大事にその日まで持っているよ」 「女性も男性もないのですよ。愛する人と躰を重ねて営みたくなる気持ちは……心のままに。心を委ねて……」 「瑠衣……ありがとう。昨日は緊張し過ぎて上手くいかなかったみたい。また彼に続きを教えてもらうよ」  柊一さまがふわりと抱き着いてきた。 「柊一さまは、絶対に幸せになれます」 「ありがとう」  柊一さまのシャツを整え、きちんと上着も羽織らせた。 「さぁ朝食に行きましょう。英国風スコーンを焼きましたよ」 「本当? ミルクティーもあるかな」 「えぇもちろん。雪也さまを起こしながら下の階に参りましょう」 「そうしよう、瑠衣、ありがとう……」    柊一さまも気分を切り替え、襟を正された。  僕も皺くちゃになった白いシャツを伸ばし、すっと立ち上がった。

ともだちにシェアしよう!