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花の蜜 28

 雪也を起こすために、瑠衣と肩を並べて廊下に出た。 「えっ──」  驚いたことに、アーサーさんと森宮さんが腕組みをして、難しい顔で扉の真正面に立っていた。  二人とも、やきもきした表情だ。 「どっどうしたのですか、一体」 「あぁ柊一、無事だったか」 「え?」  その横でアーサーさんも同じ言葉を、瑠衣に投げた。 「瑠衣、無事か」 「ちょっと! アーサー何を?」  瑠衣も僕もそれぞれのパートナーに抱きしめられ、躰をペタペタと弄られる。 「なっ何してるんですか」 「いや、柊一が瑠衣に食べられていないか心配になって」 「おい、それはこっちの台詞だ。俺の瑠衣が、ご当主さまの言いなりになっていないかと、気がかりだったぞ」 「な……っ」    アーサーさんも森宮さんも、目を見張るほどの美男子なのに、少し思い込みが激しいと言うか…… 「くすっ、くくくっ」  おかしくなって目の端から涙が滲む程、肩を揺らして笑ってしまった。  呆れ顔だった瑠衣も、頬を緩ませた。 「本当に困った人たちですね」 「瑠衣、僕たち……この先、大丈夫かな」 「柊一さま、頑張りましょう」 「あは、瑠衣、君も面白いね」  それから僕たちは4人で、雪也を起こしに行った。  部屋のカーテンを開き、両開きのアーチ型の窓もギィィと音を立てて全開にした。  五月の爽やかな風が舞い込んでくる。朝の空気はまだ涼しく透明感があって、そこはかとなく白薔薇の香りも漂っている。  深呼吸すると、まるでこの世界がおとぎ話のように感じられ、多幸感に包まれた。 「雪也、おはよう。もう朝だよ」 「ん……にいさまぁ、まだねむい……」  幼子のような声を出す弟が、どこまでも愛おしい。 「くすっ甘えた声だね。周りにみんないるのに」 「えっ」  パッと飛び起きた雪也が目を擦って、キョロキョロと辺りを見渡した。 「わぁ! 嘘みたいな光景ですね。兄さま! 世界が……輝いて見えます」  確かにアーサーさんのアッシュブロンドと森宮さんの明るい髪色が、朝日を浴びて眩かった。 「本当にそうだね」 「あっ……兄さま」 「どうした?」 「でも、兄さまのお顔が一番輝いています。しっとりと……」 「えっ」  何かついているのかと、慌てて唇を擦ってしまった。  昨日1日であんなに沢山の接吻をしたから、まだ彼の唇の感触を忘れられなくて……まだ湿っているような心地だった。 「くすっ、原因は、そこですか」 「えっ」 「いえ、唇が……今一番しあわせな場所なんですね。なるほど……っ」  雪也が自分の唇をぺろりと舐めながら言うので、猛烈に恥ずかしくなってしまった。 「ゆ、雪也……っ」 「兄さま達は……もう、早くご結婚されたらいいのに」 「なっ……な、な、な……何を言って」  雪也はもうっ、無邪気に言うにも程がある。  結婚なんて出来るはずもないのに、男同士で! 「だって、いつもこんな風に海里先生が傍にいて下さったら、僕も本当に安心です」 「それは、そうだが……」  森宮さんと目が合う。  彼の瞳に包まれると、胸が高鳴り動機が激しくなってしまうよ。 「雪也くん。それはいい案だな。俺もこの家に本気で住もうかな」 「えっ」 「ホテルは兄が継ぐし、家には兄の家族もいるし……いつまでもいい歳の独身男が実家をうろうろもカッコ悪いんだよ。そうだ柊一。あの部屋を借りられないか」 「えっと……」  そんな展開になるとは思いもしなかったので、動揺してしまう。 「そうなったら嬉しいな。ねぇ瑠衣もそう思うでしょう」 「そうですね。雪也さまにとっても願ってもない良い案ですね。主治医の先生と同居されるなんて……手術前も手術後も……とても心強いです」  瑠衣が認めた!    そのまま瑠衣は、穏やかな目で僕の事を見つめた。 「柊一さまにとっても良い話です。私はアーサーと英国に戻ったら、そのまま異国で骨を埋める覚悟です。ですが、この家の、柊一さまのことが気がかりで仕方がないのも本音です。でも僕の異母兄の海里だったら、この家も柊一さまの事も任せられます。海里に何もかも託したい気分ですよ」 「じゃあ、決まりだな」 「いいのだろうか。こんな重要なこと、誰にも相談せずに……」 「柊一さま、今はあなたがこの冬郷家のご当主ですよ。だから、あなたが決めていいのですよ」 「瑠衣……」  瑠衣の言葉が僕を奮い立たせ……僕を導いてくれる。  もう重たかった枷は降ろしていいと、促してくれる。 「柊一、どう思う?」 「……僕も……僕もそうして欲しいです」  言えた!    言葉が僕を自由にしてくれた瞬間だ。    もう解き放っても……もう自由に生きても。  したいことをしてもいい!

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