162 / 505
花の蜜 28
雪也を起こすために、瑠衣と肩を並べて廊下に出た。
「えっ──」
驚いたことに、アーサーさんと森宮さんが腕組みをして、難しい顔で扉の真正面に立っていた。
二人とも、やきもきした表情だ。
「どっどうしたのですか、一体」
「あぁ柊一、無事だったか」
「え?」
その横でアーサーさんも同じ言葉を、瑠衣に投げた。
「瑠衣、無事か」
「ちょっと! アーサー何を?」
瑠衣も僕もそれぞれのパートナーに抱きしめられ、躰をペタペタと弄られる。
「なっ何してるんですか」
「いや、柊一が瑠衣に食べられていないか心配になって」
「おい、それはこっちの台詞だ。俺の瑠衣が、ご当主さまの言いなりになっていないかと、気がかりだったぞ」
「な……っ」
アーサーさんも森宮さんも、目を見張るほどの美男子なのに、少し思い込みが激しいと言うか……
「くすっ、くくくっ」
おかしくなって目の端から涙が滲む程、肩を揺らして笑ってしまった。
呆れ顔だった瑠衣も、頬を緩ませた。
「本当に困った人たちですね」
「瑠衣、僕たち……この先、大丈夫かな」
「柊一さま、頑張りましょう」
「あは、瑠衣、君も面白いね」
それから僕たちは4人で、雪也を起こしに行った。
部屋のカーテンを開き、両開きのアーチ型の窓もギィィと音を立てて全開にした。
五月の爽やかな風が舞い込んでくる。朝の空気はまだ涼しく透明感があって、そこはかとなく白薔薇の香りも漂っている。
深呼吸すると、まるでこの世界がおとぎ話のように感じられ、多幸感に包まれた。
「雪也、おはよう。もう朝だよ」
「ん……にいさまぁ、まだねむい……」
幼子のような声を出す弟が、どこまでも愛おしい。
「くすっ甘えた声だね。周りにみんないるのに」
「えっ」
パッと飛び起きた雪也が目を擦って、キョロキョロと辺りを見渡した。
「わぁ! 嘘みたいな光景ですね。兄さま! 世界が……輝いて見えます」
確かにアーサーさんのアッシュブロンドと森宮さんの明るい髪色が、朝日を浴びて眩かった。
「本当にそうだね」
「あっ……兄さま」
「どうした?」
「でも、兄さまのお顔が一番輝いています。しっとりと……」
「えっ」
何かついているのかと、慌てて唇を擦ってしまった。
昨日1日であんなに沢山の接吻をしたから、まだ彼の唇の感触を忘れられなくて……まだ湿っているような心地だった。
「くすっ、原因は、そこですか」
「えっ」
「いえ、唇が……今一番しあわせな場所なんですね。なるほど……っ」
雪也が自分の唇をぺろりと舐めながら言うので、猛烈に恥ずかしくなってしまった。
「ゆ、雪也……っ」
「兄さま達は……もう、早くご結婚されたらいいのに」
「なっ……な、な、な……何を言って」
雪也はもうっ、無邪気に言うにも程がある。
結婚なんて出来るはずもないのに、男同士で!
「だって、いつもこんな風に海里先生が傍にいて下さったら、僕も本当に安心です」
「それは、そうだが……」
森宮さんと目が合う。
彼の瞳に包まれると、胸が高鳴り動機が激しくなってしまうよ。
「雪也くん。それはいい案だな。俺もこの家に本気で住もうかな」
「えっ」
「ホテルは兄が継ぐし、家には兄の家族もいるし……いつまでもいい歳の独身男が実家をうろうろもカッコ悪いんだよ。そうだ柊一。あの部屋を借りられないか」
「えっと……」
そんな展開になるとは思いもしなかったので、動揺してしまう。
「そうなったら嬉しいな。ねぇ瑠衣もそう思うでしょう」
「そうですね。雪也さまにとっても願ってもない良い案ですね。主治医の先生と同居されるなんて……手術前も手術後も……とても心強いです」
瑠衣が認めた!
そのまま瑠衣は、穏やかな目で僕の事を見つめた。
「柊一さまにとっても良い話です。私はアーサーと英国に戻ったら、そのまま異国で骨を埋める覚悟です。ですが、この家の、柊一さまのことが気がかりで仕方がないのも本音です。でも僕の異母兄の海里だったら、この家も柊一さまの事も任せられます。海里に何もかも託したい気分ですよ」
「じゃあ、決まりだな」
「いいのだろうか。こんな重要なこと、誰にも相談せずに……」
「柊一さま、今はあなたがこの冬郷家のご当主ですよ。だから、あなたが決めていいのですよ」
「瑠衣……」
瑠衣の言葉が僕を奮い立たせ……僕を導いてくれる。
もう重たかった枷は降ろしていいと、促してくれる。
「柊一、どう思う?」
「……僕も……僕もそうして欲しいです」
言えた!
言葉が僕を自由にしてくれた瞬間だ。
もう解き放っても……もう自由に生きても。
したいことをしてもいい!
ともだちにシェアしよう!