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花の蜜 29

「柊一さまは、本当にご立派になられましたね」 「瑠衣、ありがとう」 「もう大丈夫です。もう安心です。本当に強くしなやかになられました」  瑠衣が目を細め、柊一の顔を穴が開くほどじっと見つめる。  柊一もしっかり顔を上げて、それを受け留める。  二人の間の信頼関係は揺るぎない。  長い年月をかけて築き上げた絆に、妬いてしまう程に。  華奢な躰で一見頼りない柊一だが、内に秘めた情熱、芯の強さ……そこに俺は痺れる。  彼の凛とした姿に惚れている。  もちろん恋を知った初心な姿も堪らない。  昨日、彼と交わした熱が未だ体中に燻っていた。  俺はいつまで耐えられるか。  きっと、そう長くは我慢出来ないだろう。  強さと弱さ、二面性ある彼をこの先支えるのが俺の役目だ。     瑠衣の長年の想いも引き継いで、これからは俺がもっと深く柊一の心も躰も愛し抜く。  そう胸に強く誓った。  「善は急げと言うし、なるべく早くここにやってくるよ」 「お待ちしています」 「約束するよ」  感極まって思わず柊一の額に誓いの口づけをしてしまった。  すぐに柊一は目を見開いて頬を染める。  このパターンはもう何度目か。いつまでも慣れない初々しさが愛おしい。 「わっ!」 「照れなくてもいい。皆、公認だ」 「でっ、ですが」 「海里、柊一さまはそういう対応に慣れていないのだから、もうそれ位にしてくれないか」  瑠衣にぴしゃりと言われると、柊一が庇ってくれる。 「でっでも、嫌ではありません」 「そうか」  アーサーはどこまでも余裕で、壁にもたれ楽しそうに俺達の様子を見守ってくれていた。 「やるな、柊一くんも」  どこまでも、和やかな朝の光景だ。  光の環の中に今、俺たちはいる。    皆、幸せそうに微笑んでいたが、一番幸せそうだったのが雪也くんだ。 「兄さま、本当によかったです」  彼にとって大切な兄の幸せと瑠衣の幸せ。全部、天使のような君が切に望んでくれたから叶ったのかもしれない。  柊一と雪也、二人の美しい兄弟から、俺が学ぶ事は多い。 「雪也くんもおいで」 「はい。海里先生」 「君は僕の長年の患者だったが、これからは大切な弟として接しても?」 「えっ、本当にいいのですか。嬉しいです!」  砂糖菓子のような笑顔、小公子のような気品ある子。 「あぁ君とも一緒に暮らしてもいいか」 「もちろんです!ずっとここにいて欲しいです」  興奮した雪也くんが少し咳き込むと、瑠衣がすぐに水を飲まし、背中をさすった。 「ごめんなさい。一度にお喋りしすぎたみたい。ねぇ瑠衣はいつまで日本にいるの?」 「そうですね。それはアーサー次第です」 「いや、それは瑠衣次第だ。彼がしたい事に、俺はとことん付き合うつもりさ」 「そうなんだね。帰るまで……ここに泊まって欲しいな。だって次に会えるのはいつになるかわからないし……駄目かな」  瑠衣とアーサーは顔を見合わせ、深く頷いた。 「是非そうさせて下さい。嬉しい申し出ですよ」 「よかった。兄さま、本当によかったですね」  柊一も、瑠衣の答えに満足していた。  何だかさっきから俺だけジタバタしているような。 「瑠衣がずっと泊るなら、俺も今日も明日も、ずっと泊りたい」 「くすっ、海里は子供みたいだね」  屈託なく笑う瑠衣の笑顔が、我が異母弟ながらに可愛くて、彼の手に入れた幸せに安堵した。  この二人はもう大丈夫だ。  身分も人種の差も、厳しい病をも乗り越えてきた彼らの絆は強く深い。 「柊一、平日は俺も仕事で多忙だが、次の週末には引っ越して来るから、いろいろと覚悟してくれ」 「覚悟……」  もう、決めた。  柊一との新生活の門出は間もなくだ。    大海原に出てみないと、分からないことがあるだろう。  それが人生というものだ。 「柊一、始めてみないか」 「はい、森宮さんとなら怖くありません」 「俺と航海に出る覚悟は」 「あります!」  力強い返事を、もらった。      

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