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花の蜜 30
「ルイは少し寂しそうだな」
「……そんな事はない」
「ふっ君は相変わらず、強がりだな」
アーサーは変わった。
10代、20代の頃のように押して押しまくるような情熱的な性格から、長く離れた月日を経たのと、死と向き合う大病を克服したからなのか……僕の心の機微に敏感になった。
「こちらに、おいで」
「……」
夜になると僕は変わる。
君の腕の中に……戻りたくなる。
君のあたたかな心臓の音を聞きながら、眠りにつきたくなる。
「柊一の事が不安か。海里の事も……」
「この国では男同士の恋は、まだ法的には何の保証もなく不確かだ。それが不安だ」
「なるほど……」
「絶対に知られてはいけない愛を貫くのは、本当に大変だ」
「それはルイの経験か」
この僕でさえ……アーサーの腕にこうやって抱かれていても……未だに不安で零れ落ちそうになるのだから、柊一さまは猶更だ。
「柊一さまを少しでも安心させてあげたい。僕に何か出来ることはないかと思案している」
つい弱音を吐いてしまう。
相手がアーサーだから漏らせるのだ。
アーサーは優しく僕を抱きしめ、耳元で囁いてくれる。
「ルイ……俺たちが日本に滞在できる時間は少ない。少し急くようだが、俺たちの中でだけでも、彼らを結婚させてやらないか」
「え……結婚ってどういう事?」
「参列者全員が結婚の証人になるというスタイルがあるだろう、あれを俺たちでしてやらないか」
「人前結婚式……!」
折しも、中庭の白薔薇は満開を迎えようとしている。結婚式に相応しい季節の到来だ。
英国に戻る前に見届けたい。
君たちの幸せな姿をこの目で。
「なっ、俺たちが彼らの結婚式をお膳立てしてやるのはどうだろう」
「……とても素敵な案だ。さすが僕のアーサーだ」
「ありがとう。褒めてもらえてうれしいよ。褒美を……ルイ……今宵も抱いていいか」
「あぁ」
灯りが消される。
月光の差し込むクラシカルな洋館の一間で……今宵も僕はアーサーに喘がされるのだろう。
「今宵は容赦しないよ。昨日は海里が隣にいたから遠慮したが」
「嘘だ……あんなに激しく抱いたくせに」
「ルイ……瑠衣……日本に来てから君が少し遠く感じるよ。昼間は執事の顔ばかり。俺を見て……俺に抱かれて」
「アーサーにだけだ。こんな顔を見せるのは」
「その顔がもっと見たい」
****
「兄さま、瑠衣がここにいる間に、僕たちで何か贈り物をしませんか」
「そうだね。せっかく瑠衣が戻って来てくれたのだから、何かしたいね。僕たち兄弟は、本当に瑠衣に世話になったし」
森宮さんとは、固い約束をして別れた。
次の日曜日に、彼はこの屋敷にやってくる。
この先……ここに一緒に住んでくれるのだ。
まるで結婚するみたいだな。
おとぎ話の結末はいつもそうだった。
でも男同士で結婚は出来ないのが現実なので、少し寂しい。
思わずため息と共に漏らした言葉を、雪也が拾った。
「結婚か……」
「兄さま! いい案ですね。まさに、それですよ」
「え?」
「どんな贈り物よりも、今の瑠衣が喜びそうなものといえば」
「あ……そうか。内輪で結婚式を?」
「そうです! 我が家の中庭なら外から目立たないですからね」
「いいね。|驚かせたい《サプライズ》ね」
「はい!」
そこからは、弟と楽しい日々だった。
瑠衣にはどうしても森宮さんがやって来る次の日曜日までは滞在して欲しいと願い出て、水面下で結婚式の準備を始めた。
弟とこっそり何かを企画するなんて、昔父さまと母さまの結婚記念日をお祝いした以来かな。そういえば、あの時は中庭ではなく、いつもは鍵がかかっている塀の奥にある洋風の東屋で祝ったな。
「あっ……そうか」
「どうしました?」
すっかり存在すら忘れていたが、あそこは……まさに本物の|秘密の庭園《Secret Garden》だ。
「雪也、結婚式の会場を決めたよ」
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