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花の蜜 31
「……という訳で、俺はこの家を出ます」
「ちょっと、ちょっと待て。海里、お前っ……本気なのか」
「えぇ」
兄貴は最初は驚いていたが、すぐに納得してくれた。
そもそも柊一の事がなくても、流石にそろそろ家を出るつもりだった。この家で暮らすのは、もう限界だった。
森宮家の家督を継ぐ兄とは……母親が違う。
兄の産みの母が産後の肥立ちが悪く若くして亡くなり、後妻に来たのが俺の母だ。俺の母も3年前に病気で亡くなった。
女運がない家なのか、瑠衣の母は、とうの昔に死んでいるし。
瑠衣はもっと悲劇だ。
俺の母の婚姻と同時期に、女中をしていた瑠衣の母が父に手をつけられ身籠るなんてさ。瑠衣は……腹に居る時から疎まれていた。
5歳年上の長兄は大学卒業後すぐに結婚し、すぐに娘二人の父親になった。兄の家族とはこの家で同居していたが、姪っ子たちも中学、高校と……年頃となり、この先いつまでも……独身の叔父がウロウロしているのはどうかと思う。
そもそも異母兄弟という関係は、今後父が亡くなったりしたら重臣たちの勢力争いに担ぎ出され、争いの種になるだろう。
いつの時代も、本質は同じだ。
俺には柊一の洋館だけで十分だ。この家に頼りたいのは、そこだけだ。
ここで潔く身を引かせてもらいたい。
もうこの柵の多い、ホテルオーヤマ一族の骨肉の争いは見たくない。
瑠衣の事があったから、余計にそう思うのかもな。
「そう言えば……瑠衣はどうしている? あいつは……」
突然、兄が思い出したように口にした言葉に、猛烈な怒りがこみ上げる。
「兄貴に瑠衣を心配する筋合いはないだろう! 頼むから二度と口にするのはやめてくれ」
「……すまない」
「だが、あいつは幸せにやっているのか、私も歳をとったのか最近気になってな」
「えぇ、だからもう……そっとしてやって下さい」
「……分かったよ。海里の件は、父さんには俺から話しておくよ」
「それがいいでしょう。父さんが俺の顔を見たら、血圧があがりそうだ」
金持ちの家で何不自由なく育ったはずなのに、込み上げてくる虚しさ。
この家に俺の居場所はない……最初からなかったのだ。
瑠衣が辿った道は、俺と紙一重だった。だからこそ俺は瑠衣を守ってきた。そして瑠衣が幸せになったのを見届けた今、柊一が俺を求めてくれるのと同じだけ、俺も柊一を求めていた。
「冬郷家の直営レストランの計画だけはしっかり頼みますよ。俺がこの家に必要なのはそれだけです」
「海里……結局、こうなるのだな」
「……これが互いに最善だと」
踵を返し、兄の執務室を後にした。
それから暫く医師としての仕事に没頭したが、疲れて帰宅すると、無性に柊一の無垢な瞳が恋しくなってしまう。
週末までは会うのは控えようと思っていた。
次に会ったら俺は止まらなくなりそうだ。
柊一を最後までもらいたくなる、奪いたくなるだろう。
無垢で穢れない彼を……俺の淫らな心で、急く事だけはしたくない。
「はぁ……少し頭を冷やすか」
せめて柊一を感じたくて庭を歩くと、庭師のテツがふらりと寄って来た。
「海里さん、ここを出るって本当ですか」
「誰から聞いた?」
「……若奥様から」
「ははっ、余程、彼女は嬉しいのだな」
「……」
テツは手に薔薇の苗を持っていた。
テツには世話になったな。
柊一の館の薔薇が満開に咲いたのは、お前のお陰だ。
懇切丁寧に教えてくれたからな。
「その苗は?」
「これは品種改良した薔薇ですが、名前がまだなくて。海里さんにあげますよ。名前を付けて、姫と一緒に仲良く育てて下さい」
「姫……?」
「だってご結婚されるから、家を出るのでしょう?」
なるほど、確かにそうだ。
柊一とは結婚して一緒に暮らしていくのと同等の覚悟の上だ。
テツには妙案をもらった。
今の日本では法的に男同士の婚姻など認められていないが、俺たちの間だけでも、きちんと形式ばったことをしてやりたい。これは早速、瑠衣に相談してみよう。
「その薔薇、俺が名前をつけていいのか」
「もちろんです。もう決まっているのなら教えてください」
「あぁ柊に雪と書いて『柊雪《しゅうせつ》』は、どうだ」
「いいですね。ちょうどこの薔薇は、雪のようの純白な花を咲かせ、柊《ひいらぎ》のように凛とした佇まいなんですよ」
『柊雪《しゅうせつ》』
柊一と雪也くん。
俺の新しい家族の名を、この新しい品種の薔薇につけた。
この薔薇で満たして行こう。
俺たちの新生活を──
あとがき (不要な方はスルーで)
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こんにちは、志生帆 海です。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
ペコメ、スタンプ、スターどれも更新の励みになっております。
海里先生サイドのややっこしい話は、いずれスピンオフ小説を書いて詳しく掘り下げていきたいと思っております。
『柊雪』という薔薇のエピソードは『幸せな存在』と言う作品にもちらっと出てきます。
物語はいよいよ結婚式間近。甘さが加速します♡
お楽しみいただければ嬉しいです。
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