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花の蜜 36

 平日なのに珍しく病院から休みをもらった。  滅多にない事だから今日一日何をして過ごそうかと、モーニングティーを飲みながら思案した。    すぐに浮かぶのは柊一のこと。彼は今頃何をしているだろうか。  アーサーと瑠衣が週末まで滞在するので、きっと当主として多忙な日々を過ごしているのだろう。  連絡が途切れがちなのが寂しい。週末ごとにしか会えないのも恨めしいよ。   だから早く君たちと一緒に暮らしたい。  それにしても俺はこんなに女々しかったか。  このまま家を飛び出し、彼に会いに行きたい欲望に塗れていることに困惑してしまう。  先日思いがけずまた一泊することになり、柊一と過ごした一夜が良過ぎたのだ。あの日は何度も口づけを交わし、舌を絡め合う濃厚なものを彼に教え込んだ。  そこにアーサーと瑠衣の登場。  全くあいつら色気ばかり増して。  英国仕込みの蕩ける|月光の口づけ《ムーンライト・キス》  俺たちの前で繰り広げられた切なくも甘い情熱の交感に煽られた。  神秘的な雰囲気が漂う濃厚な口づけを目の当たりにした柊一は、いつもよりずっと色気が増して、その晩は積極的に応じてくれた。  俺の泊まる部屋で甘い水を引き金に、積極的に淫らになろうとしてくれたのが嬉しかった。  ついに俺は口づけだけでは我慢できず、柊一の胸に初めて触れた。  彼は戸惑い……擽ったそうに、それでいて、その先に何があるのか探し求めていた。訴えかけるような、問いかけるような無垢な瞳と目が合った瞬間……こんな風に、衝動的な性欲に任せて抱いてはいけない相手だとしみじみと感じた。  アーサーと瑠衣が愛を奏でる声をBGMに、柊一は眠りについたが、俺はろくに眠れなかった。  俺の横で安心しきった顔で眠る柊一の寝間着の釦を外して、その平らな胸に直に触れ、口づけてし、もっと下へと舌を這わせてみたくて仕方なかった。   必死に押さえ込んで、ポーカーフェイスで対応するのにも限度があるぞ。  好きだから、もっと触れたい。  愛しているから、深く繋がりたい。  これって人間同士の恋の規則《ルール》で合っているよな?   たとえそれが男と男でも、恋する心は変わりない。   「はぁ……またこんなことを、朝っぱらから」  当主として襟を正し、客人の応対をする柊一を目の辺りにして、確信したことがある。  彼との一歩を踏み出すには、けじめと儀式が必要だ。  俺達の中だけでも、正式な結婚式を挙げる。  そう言えば……瑠衣に聞いてみた。 『なぁ教えてくれよ。さっき柊一に何を聞かれた? 瑠衣は何を教えた?』 『うっ……それを僕に聞く? 柊一さまには、魔法の小瓶《Magic Little Bottle》を預けたよ。それで勘弁して欲しい』  結局、意味深で不可解な言葉しか教えてもらえなかった。 「さてと、どうするか」    紅茶を飲み終え、考えた。  結局居ても立ってもいられず、柊一の屋敷にいる瑠衣に電話をした。 「もしもし……瑠衣か」 「やぁ海里、おはよう。瑠衣はまだ就寝中だ」 「なんだ。アーサーか。こんな時間まで?」 「まぁ疲労困憊ってわけだ」 「おい、弟にあんまり無理させるなよ」 「分かっている。だから寝かせてあげている」  アーサーにとっても幸せな朝なのだろう。幸せの滲む声だ。 「で、何か用か」 「それが今日、急に休みになって……柊一は今、何をしている?」 「今から俺とデートだよ」 「なっ、何だって!?」  アーサーの口調に含みがあるのは分かっていても、ついカッとしてしまう。 「どこへ連れていくつもりだ?」 「銀座四丁目にある老舗の宝飾店さ。分かるか」 「あぁ」 「あそこに今から行くんだ。その後は東京見物さ」 「俺も、行く!」  

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