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花の蜜 37

 店内に入ると、すぐに彼らを見つけた。  金髪碧眼のアーサーが優雅な立ち居振る舞いで指輪を選ぶ姿は、ひと際目立っていた。  そしてその横に、柊一と雪也くんが付き添っていた。  艶やかな黒髪のよく似た兄弟は、慎ましい服装でも、上品で清楚な顔立ちなので、高級品しか扱わない店舗によく馴染んでいた。  二人の両親は、この店の常連だったに違いない。  皆、指輪を選ぶのに夢中で、俺が近づいても気が付かない。  気を利かした女性の店員が声を掛けようとしてくれたが、左手の人差し指を唇にそっとあてて断った。  店員から甘やかな溜息を漏れる中、俺はそっと柊一の横に立つ。  ちょうど柊一と雪也くんはショーケースを見つめ、楽しそうに話していたので耳をそばだてた。 「兄さま、何かいいものがありました?」 「ん……これ、素敵だね」  柊一が指差したのは、U字のカーブがなだらかな指輪で中央の窪みにダイヤモンド3石が仲良く埋め込まれた結婚指輪《WEDDING RING》だった。  成程、こういうのが君好みなのか。  控え目な3つのダイヤか。  俺と柊一と雪也くんのようで、納まりがいいな。    柊一の指のサイズを知りたいと思っていたが、好みまで知れて嬉しいよ。  そこで漸く声をかけると、柊一はあからさまに驚いた。  その後もずっと柊一はちらちらと俺を見つめては、頬を染め上げていた。そんな柊一の様子に自然と笑みが漏れてしまう。  君への愛を込めて優しく微笑むと、何故だか柊一だけでなく、店内までも色めき立ってしまったが。 「やぁ海里、間に合ったな。おいおい、店内であまり色気を振り撒くなよ」 「お前こそ、抜け駆けするな」 「悪いな。でも、これでダブルデートだな」  アーサーの今日の相手は瑠衣ではなく、小公子のような雪也くんだが、楽しい展開になりそうだ。  雪也くんも、この状況を存分に楽しんでいた。 「アーサーは、この後どこに行きたい?」 「実はASAKUSAとう場所に行ってみたい」 「浅草か……またマニアックな所を」 「そうか。外国人には人気らしいぞ」  正直下町はそこまで詳しくないので柊一に案内を任せようと思ったが、柊一もテリトリー外だそうで、首を横に振った。  どうやら俺よりも観光知識がなそさうだ。  なので全員、観光客気分で、雷門前でハイヤーを降りた。 ****  英国貴族のアーサーさんが行きたい場所として『浅草《ASAKUSA》を選ぶとは想定外だった。もっとお洒落で上品な『山の手地区』を希望されると思っていたから。   「兄さま、ここが浅草なんですね。僕は初めて来ました」 「そうかもしれないね。実は僕も通り過ぎる程度で、正直、右も左も分からないよ」 「こういう時は海里先生を頼りにしましょう」 「そうしよう」  森宮さんは浅草にも多少は通じているようで、先頭切って歩いてくれた。やっぱり頼もしいな。 『雷門』と書かれた赤い大提灯を潜ると、待っていたのは人の洪水の道だ。 「うわっ、すごい人ですね」 「ここは『仲見世』といって、浅草で一番賑わっている場所だよ」 「そうなんですね。いつも前を通るだけ中を歩いたことはありませんでした」 「君は箱入り息子だったからな」 「これからは、もっと色んな場所を知りたいです」 「俺は君と今日ここを歩けて嬉しいよ」 「それは僕も同じです」  それにしてもすごい人で、まっすぐ歩くのもままならない。さっきから人波に押され小さくぶつかっては謝ってばかりだ。  もうっ──カッコ悪いな。 「柊一大丈夫か。こっちを歩け。何だか危なっかしいな」 「あっはい」  森宮さんがさり気なく腰に手を回して、内側に誘導してくれた。  腰に触れた手に布越しだというのに、まるで素肌同士が触れ合ったかのように震えてしまう。    誰かに見られたら……  慌てて後ろを振り返ると、アーサーさんは雪也と手をつないで楽しそうに歩いていた。雪也は実際の歳よりもずっと幼く見え、背もまだ低いので、まだ小学生に見える。  何だか落ち着いたアーサーさんと並ぶと、雪也はまるで息子のようだ。   「あの、アーサーさんって、お年はいくつでしょうか。何だか雪也のお父さんのように見えて微笑ましいですね」 「えっ! アイツは俺と同い年だよ」 「そっ、そうなんですか!」 「くくっ、アーサーに告げたら嘆くだろうな」 「すみません……言わないで下さい」 「いや、いいんだよ。君の瞳にそれだけ俺が若々しく映っているという事だろう」  上機嫌に甘く微まれて、こんな場所なのに見惚れてしまう。  すると森宮さんが苦し気な顔をした。  えっどうして……? 「柊一、ここでそんな顔をしては駄目だ」 「……何故ですか」  森宮さんが耳元で囁く言葉は 「今すぐに口づけしたくなる。夜まで待てなくなる」 『こんな場所で』という言葉に驚き、『夜まで』という言葉に、どこまでも期待が高まってしまう。    返事が出来ない代わりに、耳朶までカッと熱くなった。 「ふっ、それが返事だね。今夜《Tonight》……また|秘密の庭園《Secret Garden》でレッスンしよう」  

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