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花の蜜 40

 光──  目映い光が、暗闇に差し込んできた。  夜空に輝く僕の北極星《Polaris》が現れた。  恐怖に震える僕を引き寄せ……あなたの胸深くに隠してくれた。  あなたは僕の騎士《ナイト》── 「柊一っ無事か! 遅くなってすまない!」 「……もっ、森宮さんっ」  彼の背後で元同僚たちが警察に取り押さえられたらしく、大声が鳴り響いていた。  もう嫌だ……もう耳を塞ぎたい──  怖かった。すっかり忘れていたあの日の屈辱を思い出し、躰が小刻みにカタカタと震えていた。 「もう大丈夫だ。俺がついている! あんな奴らに二度と指一本触れさせない!」  頼もしい言葉と彼の上品な香りに包まれて、ようやく、まともに息が出来た。  もっと彼の匂いが欲しくなり、思わず彼の滑らかな生地の背広の襟元をギュッと握り締めてしまった。暫くしてから、皺になってしまうと、手を離そうとしたら優しく制された。 「このままで……まだ、ここにいろ」  それから彼はどこまでも慎重に、少し躊躇いがちに口を開いた。 「……無事だったのか」  瀬戸際で光が差し込み、押さえつけられ奪われそうになっていた躰は解放された。だから…… 「はい、ギリギリの所でしたが……財布を奪われた以外の事は……っ、何も奪われていません!」 「そうか……だが怖かったろう。柊一が無事でよかった。後のことは俺たちに任せろ。もう君を二度と辱める事のないよう、今回は法的な制裁を重く加えてやる」 「はい……」  それから後の事は呆然としていたのもあり、よく覚えていない。  雪也のケアはアーサーさんがしっかりしてくれた。  僕は森宮さんに肩を抱かれ……警察に行き、弁護士の人と対面したりした。  アーサーさんと森宮さんがタッグを組んでくれたお陰で、誰も僕を調査という名目で辱める事はなかった。  彼らに守られ警察を出ると、もうすっかり日が暮れてしまっていた。  僕の不甲斐なさで台無しにしてしまったな、せっかくの東京観光だったのに。  警察の正面出口の階段を降りると、瑠衣が立っていた。 「柊一さまっ」  目を真っ赤に染めあげた瑠衣。 「瑠衣……迎えに来てくれたの?」 「当たり前です! アーサーから連絡を受け、どんなに心配したかと。もう取り調べ調査が始まっていたので中に入れず、ずっと気を揉んでおりました」 「ごめん。心配かけて」 「私がついていれば……そもそもご両親が亡くなられた時に傍にいる事が出来たら、柊一さまを、あのような危ない世界で働かせなかったのに……私は自分が不甲斐なくて……」  瑠衣が泣く。  僕を想い、僕のために……  僕は森宮さんの元を一旦離れ、瑠衣の震える肩を抱く。   「瑠衣……どうかもう泣かないで。今日でもう全部終わりにしよう」 「ですがっ」 「皆にちゃんと守ってもらったよ。僕はもうひとりでじゃないと感じたし、こうやって僕のために泣いてくれる瑠衣もいる」  瑠衣が涙に濡れた瞳で、僕を見る。  瑠衣の眼は充血し赤く染まっていた。 「柊一さまはお強くなりましたね……少し会わないうちに……」 「強くなったのか分からないけれども……僕はね、僕の人生を幸せにしてあげたくなったんだ。だからもう過ぎ去った過去には固執しないよ。瑠衣、僕たち、前に進もう!」  こんな風に思えるのも、こんな風に瑠衣に宣言できるのも、全部森宮さんが傍にいてくれるから。 「さてと瑠衣も揃って、いよいよ本物のダブルデートになったな。じゃあ仕切り直すか」 「それがいいと思います! 兄さま、お元気になられて、ホッとしました」  森宮さんだけじゃない。アーサーさんと雪也、そして瑠衣もいる。  今の僕は、あの頃のように助けを呼ぶ人もいない孤独な状況ではない。 「うん、アーサーさんと雪也にも心配かけたね。もう大丈夫。すっきりしました」 「柊一は強くなったな」 「それは……森宮さんのおかげです」 「今すぐ君と二人きりになりたい所だが、流石に少し腹が減ったな」 「あっ僕もです」 「では食欲から満たすか」 「くすっ、はい、そうですね」 「デザートは中庭でな」  途切れてしまった時間が繋がっていく。  また和やかな会話が流れ出した。 「瑠衣、俺は浅草らしいものを食べてみたい」  アーサーさんが甘えた様子で瑠衣に強請る様子が可笑しかったが、瑠衣は至って真面目に受答えする。 「分かりました。そうですね。天ぷらにすき焼き……鰻、釜飯……寿司に蕎麦いろいろありますよ」 「うーん、迷うな。できたらこのメンバーでゆっくりしたい」 「分かりました、では……」  瑠衣が、テキパキと皆の希望を聞いて予約までこなしてくれた。    それはまるで父の下で働いていた姿を彷彿する光景だった。  優秀な執事であり、秘書だった瑠衣。  君はこれからはアーサーさんのよき理解者、パートナーとして生きて欲しい。 「気分転換も兼ねて、貸し切りの屋形船にしましょう」 「わぁ素敵ですね。兄さま、僕、一度乗ってみたかったです」 「僕も初めてだよ」  瑠衣の提案は、いつも素敵だ!  皆……期待に満ちた表情で、明るく輝いていた。        

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