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花の蜜 46

「柊一さま、遅かったですね」 「……瑠衣、あの、僕……」  玄関には瑠衣が待ち構えていた。  おっと……随分と目くじらを立てているな。 「悪かったな。長い時間」 「柊一様の様子が変ですね。何かあったのですか」 「おいおい、それを聞くのは野暮だろう」  事情と状況を察してくれと目でさり気なく訴えると、勘のいい瑠衣は、あぁ成程……という面持ちで頷いてくれた。 「雪也さまはもうお休みになられましたよ。柊一さま、お風呂に入りましょうね」 「うん……」  柊一は幼い子供のように素直に返事をした。  濡れた下腹部のせいで、居心地が悪そうだ。  今宵はここまでにしよう。  続きは俺らだけの結婚式の後にしよう。  その時が来たら……君の全てを欲しいと強請ってもいいか。 「海里はどうする? 上がって紅茶《tea》でも?」  これ以上ここにいると瑠衣に悪態をつきそうだし、柊一を求める心が爆発して、歯止めがきかなくなりそうだ。 「いや、今日はもう帰るよ。明日から少し仕事が立て込んでいるしな」 「そう……」  今の俺は、恋に悶えている。  喉から手が出るほど、君が欲しい。  逸る気持ちを抑えつけるので精一杯だから。 「森宮さん……あの、今日はありがとうございました」  礼儀正しい君は、こんな時でも感謝の気持ちを、きちんと言葉に出してくれるので、口元が緩んでしまうよ。 「うん、ゆっくり休むといい。|続きは日曜日《next Sunday》だ」 「……はい!」  今の俺と君の間には、希望の星が輝いている。 ****  柊一さまが、恋をした。  fall in love for the first time in one's life……  生まれて初めての恋に戸惑いながらも、海里との深い愛を真っ直ぐに貫こうとしている懸命な姿に、胸を打たれてしまった。  柊一さまがまだあどけない10歳の頃から、成人するまでずっと傍で見守ってきた僕にとって本当に感慨深いことだった。  しかも……成熟した肉体関係を伴う大人の恋路を歩み出している。  中庭から戻った柊一さまは、どこかふわふわした面持ちだった。心なしか歩き方もぎこちないような。    なんとなくだが状況を察し、そのまま部屋でなく脱衣場にお連れした。  このお屋敷に執事として仕えていた頃のように、彼の脱衣を手助けしていくと、ズボンを脱ぐ所で明白な戸惑いの表情を浮かべた。 「瑠衣っ……この先は自分でっ……」 「大丈夫ですよ。男同士ですし、そうなってしまったのも無理はありません、おかしいことではないのです。さぁ躰を洗って温かい湯船に浸かりましょう」 「……そういうものなの?」 「大丈夫ですよ……健全な反応です」  柊一さまが湯船に浸かりホッとため息を漏らしたのを確認してから、静かに扉をしめた。 「ごゆっくりお入り下さい」  さっきまで身につけていたズボンや下着を確認すると……やはり部分的にしっとりと湿っていた。 「海里の奴……どれだけ深い接吻を?」    柊一さまは性欲が少ない方だったが、普通の健康的な男性として問題なく成長されてきたのは、僕が一番よく知っている。  あれは中学生の頃だった。いつものようにモーニングティーをお部屋にお届けすると、布団の中で膝を立て、しくしくと泣いていた。  頑なに口を閉ざしていたが、根気よく優しく諭すと「この年でお漏らしをしてしまったみたいだ」と、ようやく口を割ってくれた。  あれが初めての精通だったのだ。  こっそり汚れた下着類を洗ってさしあげた事を思いだしてしまった。  やはり感慨深いな。  どうしても……我が子を手放すような名残惜しい心地になってしまう。   「瑠衣、上がるよ」 「はい」  風呂上がりの柊一さまにバスローブを羽織らせて、髪を乾かしてさしあげた。 「瑠衣、ごめんなさい。でも……今日だけは、お前に昔のように甘えさせて」 「いいのですよ。私も柊一さまのお世話したくて仕方がないのですから」 「……ありがとう」  はにかんだ表情を浮かべた柊一さまは、頬を赤くしてまた俯いてしまった。  久しぶりに見る柔らかくあどけない表情に、僕の心も和らいでいく。  どうかお幸せに。  永遠にお幸せに。  寿命が尽きるまで海里とずっと一緒にいられますように。  未来への願いを込めて、彼が今宵は何も思いださず、ゆっくりと安眠できるように、寝床を整えた。 「おやすみなさい、柊一さま」 「うん……おやすみ……瑠衣。本当にありがとう」

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