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花の蜜 49
「海里先生、お疲れ様でした」
「あぁ」
更衣室で白衣を脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。
一度身を清めてから、向かいたい場所がある。
医者にしては長めの髪は、無造作に後ろで束ねていた。
はらりと解き、シャワーを顔面に勢いよくあて、そのまま髪を濡らした。
少しクールダウンしてから行こう。
俺はこれから、柊一に贈るための指輪を買いに行く。
男同士で婚姻する。
それは法律で認められていない、世間に受け入れられない事だが、構わない。
俺と柊一は、白薔薇の洋館に骨を埋める覚悟なのだ。
その約束を結ぶための、契約の指輪《Ring》だ。
白いバスタオルを肩にかけたまま、鏡に自分の顔を映す。
無造作に髪を拭き、じっと鏡の中の自分と対峙する。
「後悔はないか。海里」
「ない。この道が俺の生きる道だ。やっと見つけた」
「ならいい。進め!」
「あぁ今度の日曜日だ。その夜……俺は柊一を抱く」
「そうか、よかったな。その日は……」
「折しも……その日は俺の生まれた日。生まれた日に生涯の伴侶となる人と、契りを交わすのだ」
自分との会話は、ここで終わり。
進む覚悟は、しっかり固まった。
****
歴史ある専門店が軒を連ねる大人の街、銀座。
その中心、銀座4丁目の交差点に、俺が目指す宝飾店はある。
銀座のランドマークとして馴染み深い時計塔のある建物は、昭和初期に建てられ、銀座の発展を戦前も戦後もずっと見守ってきた。
ここは俺の両親も柊一の両親も懇意にしていた店だ。そのせいか、俺たちの今までの成長を静かに見守ってくれるような安心感を覚える。
店内には、時計、宝飾品、紳士・婦人、ベビー子供用品などが、煌びやかに並んでいる。国内外から選び抜いた質の高いものを厳選して取り扱っているのだ。
長い歴史と伝統の中で培ってきた確かな上質への拘りで選ばれた結婚指輪は、柊一の人生と照らし合わせても相応しい品だ。
冬郷家の当主に贈るものとして、遜色ないだろう。
最初から何を購入するかは、決まっていた。
あの日……君が眩しそうに見つめていた指輪を準備しよう。
「この指輪を……」
なだらかな曲線を描き小さなダイヤモンド3石が仲良く並んでいた。男性でも小さなダイヤなら違和感はないだろう。
それぞれの石に、意味があるのだ。
3石のダイヤは、俺と柊一と雪也くんの三人を表す。
雪也くんは柊一の弟だが、俺たちの子供のように感じる時がある。
君たちを大切にするよ。
絶対に守り抜く。
「畏まりました。贈り物ですか」
「あぁ。サイズは13号だ。それから、この指輪と同じのを俺にも」
「まぁ素敵でございますね。お客様は大変エレガントな雰囲気でいらっしゃいますので、ダイヤの入った結婚指輪がお似合いです。幸い在庫もございます」
結婚する日付とふたりのイニシャルを、職人に無理を言って、即日対応で刻んでもらった。
流石、老舗宝飾店……万全の対応に感謝した。
日曜日は6月10日……その日はちょうど『時の記念日』だそうだ。
「こちらをよろしければお使いください」
「ん?」
店の店員が、一枚のメッセージカードを添えてくれた。
カードには針のない時計盤の絵柄のスタンプが、ポンっと押してあった。
「……針がないが」
「はい。お二人の門出を祝っております」
「どういう意味だ?」
「時計の針は、ご結婚されるお二人自身ですので」
「なるほど、心憎い演出だ。ありがとう」
俺と柊一
二人の時は、二人が刻む──
それが結婚すると言う事。
ふたりで生きていくということ。
まもなく日曜日だ。
待ち遠しいよ、何もかもが──
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