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花の蜜 55

 スーツに着替えて中庭に戻ると、目の前にはファンタジックな光景が広がっていた。 「わぁ!兄さま、昔に戻ったみたいですね」 「そうだね、でもそれ以上かも」  ここは、まるでおとぎ話の世界……  ランドスケープという名の白いつる薔薇のアーチを潜ると、そこには森宮さんがすっと背筋を伸ばして立っていた。アーサーさんも瑠衣もいた。  皆、正装し、気品溢れる光景だった。  上流階級の嗜みを知っている彼らは、動作の一つ一つが優美で眩い。  特に瑠衣……君は本当に美しくなったね。今はもう執事の顔ではない、素の瑠衣だ。柔らかい表情を浮かべ、アーサーさんの横に寄り添うように立っている。  白薔薇の花が咲く庭を背景に立っている瑠衣は、さらさらと風に揺れる黒髪に、まるで白い花のベールをまとっているような印象で、見惚れてしまった。 「これで揃ったね、始めようか」 「あっはい」  アーサーさんがシャンパンを開栓し、背の高い薄いグラスに注いでくれる。  森宮さんは、あの淡いベージュがかった上質なスーツをさらりと着こなしていた。あんな薄い色のスーツを、ここまで上品に着こませるのは森宮さん位だ。  さっきまでの白い衣姿の彼も本当に素敵だったが、今のこの姿は……目のやり場に困ってしまう程、美しく精悍で、本当に洋書の騎士のようだ。  先ほど瑠衣がセッティングしてくれた糊のきいた白いテーブルクロスの上には、銀のカトラリーと白いプレートが整然と並んでいた。  いつの間に、僕が焼いたスコーンやサンドイッチまで三段重ねのトレーに見事に並んでいる。  テーブルの上には白薔薇が活けられていた。  いつか見た……夢の光景だ。  もう季節は6月だが、五月晴れのように澄み渡った青空の下で、僕たちはグラスを傾けた。 「俺たちの再会と門出と……結婚に乾杯だ! 」  森宮さんの言葉に、心が跳ねた。  再会は分かる。  門出も……でも結婚……って?  あっそうだ、瑠衣の事だ。  一瞬僕たちのことかと思って、動揺してしまった。  先走ってしまい、恥ずかしい。 「アーサーさんと瑠衣に、実はお願があって」 「何でしょうか」 「うん……今日、僕たちの前で結婚式を挙げて欲しいんだ」 「え、何を仰って……? 今日は柊一さまのお屋敷の継承と海里がこの家にやってきたお祝いをするのでは?」  瑠衣は目を丸くして動揺する。  まさか自分に振られるとは思っていなかったようだ。 「瑠衣、嬉しいね。日本で……俺らも結婚式を挙げられるなんて」 「アーサーっ、君まで……何を言って?」  瑠衣が困惑した表情で、アーサーさんを見つめる。 「瑠衣。知らないのか。これは人前式だ。今から彼らの前で愛を誓おう」 「そんなっ、恥ずかしいです」 「何を今更……君の兄弟と君が育てたも同然の二人しかいない、最高の場所と機会だ」  アーサーさんが瑠衣の肩を抱き寄せ、強引に式を司る。  この日のために練習したのか、とても流暢な日本語だ。 「海里と柊一くんと雪也くんの前で 今から、俺たちは夫婦の誓いをするよ」  自然と拍手が沸いた。 「俺は幸せな時も困難な時も、ここにいる生涯の伴侶、瑠衣と心をひとつにして支えあい乗り越えて、この先は英国で笑顔が溢れるあたたかい家庭を築いていく事を誓う」  瑠衣はその言葉に、涙をはらりと零した。  透明で澄んでいて……美しい雫だった。 「さぁ瑠衣も誓ってくれ」 「アーサー、君って人は、こんなサプライズ……」 「誓って欲しい」 「分かった……僕とアーサーは互いを思いやり、心を一つにし、力を合わせて生きていきます。日本にいる海里、柊一さま、雪也さまに安心していただけるように努力し……生涯を英国でアーサーと共に暮らしていきます」  瑠衣が宣言すると、彼は後ろ手に隠していた繊細なレースのベールを瑠衣にそっとかけて、それから瑠衣の左手を取り、指輪をそっとはめてやった。 「アーサー? これ……どうして、指輪なんて、いつの間に……っ」 「サイズもぴったりだろう。俺の星だよ、君は。さぁ俺にもはめて」 「こんな驚き……知らないっ」  感無量の光景だった。  憧れていたおとぎ話の結婚式が、今まさに眼前で繰り広げられている。 「瑠衣……俺の生涯の伴侶となることを誓ってくれるか。君を一生愛し守り続けるよ。もう逃がさないよ」 「アーサー……僕も君を一生愛し、支え続けます」  ふたりの誓約の口づけは、ただただ美しかった。  うっとりと溜息を洩らすと、森宮さんが隣で、その光景をお父様のカメラに収めていた。  カシャカシャと小気味いい音が響いた。 「天国の君の父上も喜ぶな。懸命に冬郷家に仕えた瑠衣の門出を」 「はい、きっと理解して下さると思います」 「うん、さぁ次は俺たちの番だよ」 「えっ?」  森宮さんに肩を抱き寄せられた。  思ってもみない事を言われ、動揺してしまった。  涙に濡れた瑠衣が、僕に自分の被っていたベールを被せてくれた。  そしていつの間に作ったのか、白薔薇の花束をしっかりと持たせてくれた。 「柊一さまは『白薔薇の花言葉』をご存じですか」  首を横にふる。

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