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花の蜜 59

 アーサーさんと瑠衣を、玄関で見送った。  少し寂しい気持ちはあったが、人には人の幸せがある。  前向きに彼らの門出を、兄さまと一緒に見送ることが出来た。  出逢った時から綺麗で、いつも落ち着いていて……頼もしい瑠衣の事が大好きだった。  お父様もお母様も僕が病弱だったせいで、僕にかかりきりだったから、瑠衣がいつもさり気なく、兄さまの事を気遣ってくれていたのを知っているよ。  兄さまも瑠衣のことを本当に頼りにして、ずっと慕っていた。  今日の兄さまと海里先生の結婚式……兄さまは正式には来年、僕の手術が終わり完治したらに延ばすと言っていたけれども、それはそれ、これはこれだ。  僕の中では今日が結婚式だったよ。  だって……両親を亡くした兄さまの門出を、瑠衣に見守ってもらえて嬉しかったから。  瑠衣が撮ってくれた写真を、今度焼いてみよう。  父さまの目線で母さまの目線で……瑠衣が撮ってくれたから。    今日から、僕が3歳の時からの主治医の海里先生がこの屋敷で共に暮らす。 「雪也、そろそろ寝ないと」 「はい、分かりました」  森宮さんと兄さまと、簡単な夕食を済ました。  風呂上りの僕の濡れた髪を、兄さまが優しく乾かしてくれていた。 「雪也の黒髪は、いつもサラサラで綺麗だね」 「兄さまと同じですよ」 「雪也、ありがとう。僕と森宮さんの事……お前が認めてくれて本当に嬉しいよ」  兄さまは頬を赤らめていた。  もうすぐなのだ。  兄さまは海里先生に、本当の意味で大人にしてもらう。  その時が刻一刻と近づいてきている。 「じゃあ、おやすみ、雪也」 「はい、今日は盛り沢山でもう眠いです。おやすみなさい」 「また明日ね」  兄さまが僕の部屋の扉をパタンと静かに閉めた。  とは言ったものの、なんだか興奮して暑い。  洋館の二階にある優美なアーチを描く出窓から、僕は中庭を見下ろしてみた。 「白薔薇……綺麗に咲いたね。僕の兄さまのように気高き白い花だ」  中庭で満開の白薔薇が夜空から降り注ぐ月光に照らされて、静寂の中……清々しい空気を生み出していた。  きっと今頃、兄さまも隣の部屋から同じ光景を、同じ気持ちで見ていることだろう。  お父様とお母様がお亡くなりになってから、今日までの日々を思い返せば、それはまるでおとぎ話のような出来事ばかりだった。  兄さまと海里先生は正式にお付き合いをし、僕はそれを心から喜んだ。    尊敬する頼もしい海里先生なら、きっと兄さまのことを守ってくださる。  兄さまは家を守り、僕を守り、懸命に生きて来た人だ。  そんな兄さまが、羽を休める場所を作ってあげたかった。  僕はまだ幼くて……足手纏いにしかならない。  兄さまが寛げる場所を贈る事が出来ず、ずっともどかしかった。  この洋館は海里先生のご実家のホテルと提携し、安定した収入を得られるようになった。  あんなにも苦しかった生活は、みるみる落ち着いた。  僕の心臓の治療も再開され、このまま体力をつけて再び季節が巡る頃には手術をしていただけることになった。  手術は怖いけれども、海里先生が執刀して下さるから大丈夫だ。  兄さま……あのね……  僕もね、兄さまのように、ちゃんと大人になりたい。  大人になって、兄さまの片腕になりたいんだ。  その夢が叶うんだよ。  それにしても奥手な兄さまは、海里先生と付き合うといっても、品行方正に出かけるのは昼がいいとか言って、いつも暗くなるまでには帰宅してしまい、海里先生を困らせていたに違いない。  きっと大して進展していないんじゃないかな。  入院生活が長くて女性みたいに耳年増になってしまった僕の方が、海里先生の内情を心配してしまう始末だったよ。  でも……そんな心配は、もういらないのか。  今宵は海里先生の誕生日。  兄さまのすべてを、きっと海里先生は強請るだろう、奪うだろう。  今宵、二人は結ばれる──  だからまだ兄さまから見たら小さな子供のような僕は、早く眠ることにするよ。  ふたりの邪魔をしないようにね。 「おやすみなさい……海里先生と兄さま。どうか幸せを紡いでください」  僕が布団の中でまどろみうとうとし出した時、一度海里先生が僕の部屋を覗いたのが分かった。  ちゃんと寝ているかを、確認に来たのかな。  ふふっ……やっぱり今日ふたりは結ばれるようだ。  やがて風に乗って届くのは、きっと……  庭先の白薔薇の香りとふたりが愛を紡ぐ声。  最高の子守歌だね。  そして、まるでおとぎ話のような物語だね。  兄さま、海里先生、おめでとうございます! あとがき(不要な方はスルーでご対応下さいね) **** とうとうここまでたどり着きました! 作者としましても感無量です♡ 補足になりますが、本日更新分はこちらと一部重複しております。 ↓ 『おとぎ話を聞かせてよ side雪也』6ページ目「子守唄」   こちらは短編バージョンの『まるでおとぎ話』のサイドストーリーです。 ~雪也の視点で追随していく、ひたむきな兄の姿。そしてその恋の行方~ いつもスターやペコメ。スタンプで創作の応援ありがとうございます。1万文字の短編が193話270,394文字まで膨らみました。 読んでくださる方がいらっしゃるから、私も書いていけます。 妄想は果てしなくですね! 明日は柊一視点で、いよいよ始まります。

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