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花の蜜 60
おとぎ話の続きはこうだ。
祖父の代から続く由緒正しき白薔薇の洋館。
僕は二十代で、この洋館の主となってしまった。
突然の両親との別れ。
苦しく辛い事の連続だったが、森宮さんと出会い世界がまた一変した。
この洋館は森宮さんの口利きでホテル直営のレストランとして貸し出せるようになり、安定した収入を得るようになった。そのお陰で借金もきちんと返せるし、雪也の治療費も出せるようになったのが嬉しい。金銭的にも余裕が生まれ、雪也は手術を受けられることになった。
これで雪也は、大人になれる。
何度考えても信じられない結末だ。
身を売ることも死をも覚悟したというのに、僕は何も捨てずに永遠の愛を手に入れてしまった。
そろそろ時間だ。もうすぐ森宮さんが僕を迎えに来る。
アーチ型の両開きの窓を大きく開け放つと、中庭に咲く白薔薇の花びらが夜風に舞って、二階までふわりとやってきた。
だが……夜風にあたっても、躰が熱いままだ。
夜の空気はどこまでも澄んで冷たいのに、僕の躰はさっきからずっと火照っていた。
高揚しているのだ。
緊張しているのだ。
この先の扉を開くことに対して。
「そこにいたのか」
「はい」
振り向けば、彼が優しい眼差しで立っていた。
「さぁこちらにおいで」
彼はまるでおとぎ話のように、僕に1本の大輪の白薔薇を差し出してくれた。
受け取ると、彼の誠実な気持ちが胸に刻まれ、永遠の愛を誓う口づけを交わすと、ふわっと抱きかかえられた。
「行こう、俺たちの出航だ!」
白薔薇の甘く華やかな香りが誘う、僕らだけのおとぎ話の始まりだ。
今、その扉を開く。
ふたりの力を合わせて──
****
雪也くんの部屋をそっと覗くと、部屋は既に暗くなっており、安らかな寝息が聴こえてきた。
よしよし……ぐっすり眠っているようだな。
今宵、ついに君のお兄さんをもらうよ。
俺はきっと柊一を攫うように抱いてしまうだろうが、どうか安心してくれ。
ずっとここにいる。
ずっと君たちを守る。
一生、柊一を愛し貫く。
心の中で雪也くんに伝え、静かに扉を閉めた。
続いて柊一の部屋をノックしたが、返事はなかった。
中にいるのは分かっているので扉を開くと、彼は窓辺で白薔薇が咲き誇る中庭をじっと見下ろしていた。
そっと近づくと白薔薇が月光に照らされて、静寂の中に清々しい空気を生み出していた。
厳かな気配が、ここまで立ちこめてくるようだ。
俺と柊一が正式に付き合いだしてから、まだそう月日は経っていない。
だが真実の愛は、俺たちの絆をしっかりと深めてくれていた。
君は本当に色恋に疎かったので始終リードはしてあげたが、正直言うと制御するのが大変だった。
まったく、いつも無自覚な色香を振り撒くので苦しかった。
そんなじれったい思いも、今日までだ。
「柊一、そこにいたのか」
「はい」
振り向いた彼の頬は、朱を帯びていた。
こんなに可愛らしい表情で俺を待ってくれたと思うと、嬉しさと愛おしさがこみ上げ、俺も最高の微笑みを彼に届けた。
そして指輪よりも先に君に届けたい物を……
「さぁこちらにおいで」
「はい」
「これを受け取ってくれ」
夜露に濡れる中庭で、君のために選んだ大輪の白薔薇を、君に捧げた。
白薔薇の花言葉は『純潔』
1本の薔薇の意味は『君しかいない』
柊一はたおやかな手つきで薔薇を受け取り、香りを嗅いだ。
「いい香りですね。確かに受け取りました……森宮さんの心を」
「では、いいね。このまま君を寝室に連れて行っても」
「……はい」
誓いの接吻を、静かに交わした。
お互いが求め合っている甘い気持ちを、じんわりと交感させていく。
「あっ――」
柊一を一気に横抱きにして抱え上げると、眼前に広い海が開けた。
「行こう、俺たちの出航だ!」
今の俺たちは……まるで航海に出る船のよう。
二人は今夜《Tonight》深く結ばれる。
白薔薇の甘く華やかな香りが誘う、僕らだけのおとぎ話の始める。
さぁ……俺たちの手で、その扉を開こう。
Go on one's first voyage……
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