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解けない魔法 1

 柊一は初めての行為に疲れ果て、気を失うように眠りに就いてしまった。 「いい夢を見て……俺といい朝を迎えて」    サラサラな黒髪を梳くように撫でてやると、しっとりと汗ばんでいた。   「俺に必死についてきてくれてありがとう。清めてやろう」  まだ裸のままの柊一を横抱きにし、バスルームへと連れて行く。  シャワーで躰をざっと流し、泡立てた石鹸で丁寧に隅々まで洗った。  抱き抱えるように湯船に浸かっても、よほど疲労困憊しているようで、まどろんだままだった。  俺の胸に桜色に上気した頬をあて、ただ安らかな呼吸を繰り返している。 「可愛いな……こんなにも俺に躰を預けてくれて」  冬郷家の当主として背筋を伸ばし執務をしている時からは考えられない程、あどけない寝顔だ。 「大事にするよ。ずっと」  そのまま柊一をバスローブで贈り物のように包み、再び彼の部屋に戻る。  ベッドの上で白いバスローブを開き、躰を丁寧に拭いてあげた。  細い身体だ。折れそうな程に…… 「まだ君は少年のようだな」  それから少し開けていた窓辺に近づいてみた。 「おぉ、本当に届いているな」  窓辺にそっと置かれた小箱を手に取った。  流石アーサーのボディガードの仕業だ。  まるで忍者か黒子並の働きじゃないか。  アーサーの機転にも感謝するよ。  箱の中身は、俺が病院の更衣室に忘れてきてしまった結婚指輪だ。    初夜を迎えた柊一に、今日というタイミングで、どうしても贈りたかった。  水滴を拭いた柊一に純白のパジャマを着せてやり、彼の左手薬指に……いよいよ『解けない魔法』をかける。 『The story of our love is only beginning. Let’s write our own happy ending.』(俺たちの愛の物語は始まったばかりだ。今日から俺と一緒にハッピーエンドを描いていこう)  解けない魔法の正体は、プラチナの結婚指輪だ。  小さなダイヤが3つ並んでいる。  これは俺と柊一と雪也くんの象徴だよ。気に入ってくれるかい?  俺の分は明日柊一につけてもらおうと、彼の大事にしている寄木細工の秘密箱の中に忍ばせた。  そして柊一を胸元深く抱き寄せ……  彼の夢に、俺もお邪魔する。  ふたりの船出は順風満帆だ。  いい風に乗って……進んでいこう。   **** 「ん……っ」  目覚めると躰が鉛のように重たかった。しかも身じろぎすると腰のあたりが気怠くて戸惑った。 「あっそうか、僕……昨夜、とうとう……」  その瞬間……カーッと頭に血が上ってしまった。思い返せば恥ずかしいことばかりだった。あの場所があんな風になって、あんな風に繋がるなんて……凄かった。乗馬のような姿勢で彼の上で揺さぶられたし。 「ああぁ……」  思わず漏れた照れくさい声に、海里さんがハッと目を覚ました。  至近距離で目がバッチリ合う。  僕は海里先生の胸に、子猫のようにくっついて眠っていた。 「おはよう。柊一」 「お……おはようございます。海里さん」 「いいね。その呼び方、気に入ったよ」 「まだ僕は……慣れませんが」 「慣れて」  彼の指先が、僕の唇を撫でる。 「これからは毎朝口づけをしようか」 「えっ」 「Morning Kissだよ」    彼の顔が近づき、唇をちゅっと奪われる。    わっ、気持ちいい……どうしよう。  躰を深く繋げたせいか、これだけでも蕩けそうになってしまう。  彼の指先が侵入し彼の一部を受け入れた場所が小さく震えてしまい、無性に恥ずかしくなった。  これ以上くっついているとどうにかなりそうで、彼の胸に手をついて離れようとした時、左の指に何かが光った。 「あの……」 「ん?」 「すみません。明かりをつけてもらえますか」 「あぁそれか。人工的な光ではなく、朝日を浴びながら見ようか」 「えっ」  あっと言う間に僕は再び彼に横抱きにされ、窓辺に立たされた。  昨日はこの窓辺からベッドへと連れて行かれた。  なんだか行ったり来たりと目まぐるしいな。 「今日は、きっと晴れているよ」  背の高い彼が勢いよく重厚なカーテンを開くと、空は晴天で白薔薇が咲き誇る庭には、明るい陽射しが降り注いでいた。   「気持ちいいね。さぁ空気も入れ替えよう」  両開きの窓を開け放つと、初夏の風が、さぁっと吹き込んで来た。   「風が気持ちいいですね」 「あぁ」  一陣の風が吹き抜けると、僕たちの門出を祝うように白薔薇の花びらが風に舞い、再び二階の窓辺までやってくる。    どこかで見た景色だ。これ……   あぁそうだ。  『まるでおとぎ話』中の時間が流れている。  現実とも夢現とも……  穏やかで、甘くて、幸せな夢の世界。  左手を開き、花びらからの祝福を受け留めると、キラリと太陽の光を反射して指の付け根が光った。  白い薔薇の花びらを乗せた手のひらには、銀色に輝く指輪がついていた。 「え……これって、一体……っ」

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