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その後の甘い話 『海里の幸せな日々』 朝・2

 朝食の支度が整ったので階段を上り、柊一の部屋の扉をノックした。 「食事の支度が整ったよ」 「……」 「柊一? どこだ?」  柊一の姿はベッドになく、奥の衣裳部屋から声が聞こえた。 「海里さん……ここです。すみません」 「なんだ、横になっていなかったのか」 「あの、朝食の前にやはり着替えようと思って」 「おいおい、あまり無理をするなよ」 「大丈夫です。ゆっくり歩けば……何とかなりました」  それでも、かなり無理をしたのではないか。  綺麗な形の額には、うっすらと汗が浮かんでいるではないか。  旧家の当主として身だしなみを整えねばと思うのは、彼の性格上無理もないが……今、この屋敷には俺と雪也くんしかいない。だから今日位、パジャマにガウン姿でも許されるのに。  まったく、君と言う人は本当に真面目だ。 「着替えなら、俺が手伝ってあげたのに」 「えっ……いいです。またさっきのような怪しい診察をされたのでは……困ります」 「おいおい、さっきのは医師として真剣に心配していたのだが」  わざと真面目な口調で訴えると、柊一は途端に申し訳なさそうな表情になった。それから控え目に、彼自ら、俺の背中に手を回し抱きついてくれた。 「本当に大丈夫です。海里さん……」  甘えるような柔らかな口調だった。  柊一から『海里さん』と呼ばれるのは、なんとも心地よい。 「だが、流石に初めてだったから、痛かったろう」 「もう、そんな事、いちいち聞かないでください。僕も男ですから、あの位……我慢できます」 「……俺のために耐えてくれてありがとう」 「耐えるだなんて……違います。僕がそうして欲しかったのです」 「君から? そんなはずない。全部俺が奪ったのだ」 「いえ……僕も強請りました」 「それは、俺を欲したと?」 「……はい、とても」 「そうかそうか」 「えっ、あっ!」  その答えに、心が満ち足りた。  その時になって柊一はようやく気付いたようだ。  俺の思惑に── 「あぁもうっ、なんという誘導質問を!」 「はは、嬉しいよ。君からの熱烈な愛の告白」 「もうッ……知りませんっ」  柊一は頬を染めて、笑ってくれた。  その笑顔が弾けるように可愛かったので、衣裳部屋の壁に彼の背を押し付け、口づけを強請ってしまった。 「可愛いな。欲しいよ……」 「あっ……ふっ……んんっ」  何度か角度を変えて、丁寧に口づけをもらった。 「ふっ……ご馳走様。朝の君も美味しいよ」 「海里さんは、想像より……」 「想像より?」 「いえ、その……」  肝心な所で制御してしまう君が憎らしいが、可愛い。  柊一と過ごす日常は、喜びで溢れている。 「さぁせっかく作った食事が冷めてしまう。下に降りよう」 「はい」 「あ、待って」  俺の腕をすり抜けようとする柊一の足を抱えて、横抱きにしてやった。  柊一は男性にしては華奢で、俺よりずっと背も低いので、難なく横抱きに出来てしまうのだ。もう何度もしたが、しっくりくる。 「あ、あのっ……ひとりで行けます」 「階段を降りるのは、腰に響くから駄目だ。さぁ俺にしっかり掴まって」 「もう……っ」  柊一は少し動揺したあと、俺にキュッとしがみついてくれた。  彼の体重を受けとめると、これは夢でなく現実なのだと実感できた。 「いい朝だな」 「はい、僕もそう思います」 「君をもっと食べたいが、今は我慢しよう」 「……僕は本当にお腹が空きましたよ。朝食は何ですか」 「フレンチトーストだよ。甘い蜜をたっぷりかけたね」 「嬉しいです」  柊一は……  生真面目なのに、甘い話が大好きなロマンチスト。  どこまでも可愛い彼と、愛情という蜜をたっぷりかけた朝食を食べよう。  

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