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その後の甘い話 『海里の幸せな日々』 朝・4
「柊一、これを使って」
海里さんに言われた通りにベッドでじっとしていると、彼が再び部屋に現れ、僕の腰に温かいものをあててくれた。すぐにじんわりと温もりが広がって、気持ちよかった。
「ありがとうございます」
「どうしたしまして」
優美に微笑む彼は、明るい色の前髪を少し乱していた。
いつもすっきりと整えている綺麗な形の額に、はらりと一筋の髪がかかっているのが、男性の色気に溢れていて、つい見惚れてしまった。
背が高く、逞しい海里さん。
僕はあなたを見る度に、何度でも見惚れてしまいます。
「ん? 何を見ている?」
「あっいえ……とても温かいですね。あ、これ湯たんぽですか」
「そうだよ。1階の医務室のを拝借した」
「あぁ、なんだ。そこにあったのですか……ずっと探していたのに」
「……やっぱり君達の? ふたつあったよ」
「ええ、雪也と僕のです」
「ふぅん……何だか幼い頃の君に会いたくなるな。小公子みたいに可愛かったろう」
海里さんの少し碧色がかった美しい瞳にじっと覗き込まれると、途端に心拍数が上がってしまう。
何だか海里さんの世界に吸い込まれそうだ。
僕はこんなに素敵な人に、愛されているのか。
そう思うと、信じられない程、満たされた気持ちになる。
もう何もかも見せてしまった、彼には。
心も躰も、全部、隅々まで……
何もかも見せることが出来て、嬉しい。
だって彼の瞳の中は、とても居心地がいいから。
「これは小さな時からいつも冬になると使っていました。特有の優しい温もりが好きで……」
「ふぅん、俺の温もりより?」
「か、海里さん……?」
海里さんが僕の横に腰かけて、大きな手のひらでゆっくりと腰を擦ってくれた。
「あ、あのっ──」
彼の手を感じると、生じる摩擦によってなのか、それとも僕自身が生み出す熱によるのか、躰の芯からポカポカと熱くなってしまい、同時にじわじわと恥ずかしくもなった。
「柊一、そんなに潤んだ目は、反則だぞ」
「あっ、こんなに朝から優しくしてもらって……感激して」
至れり尽くせり過ぎて、溺れそうになる。
以前は……毎朝起きると、眼前に険しい山が見えていたのに……今は違う。
薔薇香る庭園《ガーデン》にいるみたいだ。
「甘えて、沢山」
ほらまた……そんな風に僕がずっと欲しかった言葉を、簡単に置いてくれる。
僕も頂くだけでなく、何かを返したい。
あなたが喜ぶものを──
「おっと、流石にそろそろ出勤しないと遅刻してしまうな。名残惜しいが……病院に行ってくるよ」
「あ、あの、海里さんっ」
「何?」
「……いってらっしゃい。気を付けて……」
僕は彼の首に手を回して、唇をそっと重ねた。
僕の方から……
すると海里さんは頬を少し赤らめて、困惑した表情を見せた。
彼にしてはとても珍しい表情を浮かべている。
「柊一、それ反則だ。はぁ参ったな」
「えっ、いけなかったですか」
何か間違えたかと不安になる。僕は不慣れだから……でも確か僕のお父さまがお出かけになる時、こんな風にお母様がしていた記憶が微かにあって。
「いけないなんて……最高に嬉しかった、ありがとう」
満面の笑みを浮かべた海里さんに、唇をもう一度重ねられた。
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