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その後の甘い話 『海里の幸せな日々』 昼・1

「海里先生、午前中の診察、随分ノッていましたね」 「ん? そうか」 「ですよぉ~遅刻寸前にバタバタと現れたかと思ったら、すごい勢いで仕事を始めて」 「ははは、危うく遅刻するところだったな。すまない」 「いえいえ、ところで今朝、何かいいことでも?」 「まぁな」 「ふぅん、意味深だこと」  医局で散々揶揄われたが、まんざらでもなかった。    昨夜から今朝にかけて、俺の幸福度は最高潮だったからな。  俺も、ずっと憧れていたのかもしれない。  誰かを心の底から愛し、誰かに心から愛されることを。    きっと瑠衣の影響もあるのだろう。  俺は裕福な環境で育ち、満たされた境遇だったのに、いつも何かが足りないと思っていた。  一方瑠衣は劣悪な環境で育ち、不遇な境遇に身を任せていた。  二人は真逆なようで、根底が似ていた。  上辺や与えられた境遇じゃない、自分の内面を見つめてくれ、真実の愛を与えてくれる人を、人知れず求めていたのだろう。  そんな瑠衣が英国でアーサーとくっついた時は、羨ましくもあったさ。    だがどんなに待っても俺にはそんな気持ちは起こらないし、全てを投げ打ってでも救いたい人は現れなかった。  そんな俺がようやく手に入れた大切な存在が、柊一だ。  給湯室で珈琲を飲みながら、君のいる方角をつい見つめてしまう。  今頃、家で何をしている?  ちゃんと大人しく寝ているか。  うむむ、気にしだすとキリがないな。  今日だけ、今日だけだからな。  こんな女々しい事をするのは……    俺は受話器を握り、柊一の元へ電話をかけてしまった。 「もしもし」 「あっ海里先生ですね」 「あぁ雪也くん、今日は学校は?」 「今日はお休みしました。兄さまの看病をしているので」 「看病だって! どこか悪いのか。まさか熱を出してしまったのか」 「くすっそんなに焦らないで下さい。今、兄さまとかわりますから」  雪也くんは少し楽しそうな様子で、柊一に取り次いでくれた。 「あの、もしもし……」 「柊一か、無事か」 「海里さん血相を変えて、一体どうしたのですか」 「いや、雪也くんが君を看病していると言うから、熱が出てしまったのかと心配した」 「あっ……雪也はもうっ。大丈夫です。僕は元気にしていますよ。まだ腰が少し痛いので、ちゃんとベッドにいます。それより……」  柊一が申し訳なさそうな声になる。 「どうした?」 「僕、またすぐに良くなりますから……その……」 「ん?」 「あぁもうっ……こんなこと言えないです、やっぱり」  ピンと来た。  柊一が求めてくれているのだ。    俺との逢瀬を再び!    胸の奥から、じわじわとこみ上げてくるものがあった。 「まだまだ、これからだよ。まだ教えていない事ばかりだ」 「えっ、まだ続きがあるのですか」 「もちろんだよ。全部、受けてくれるか」 「うっ……」 「駄目か」 「駄目ではないです。ゆっくりと、でも完璧に教わりたいです。僕だって」  電話越しに真昼間から、こんな会話を君と出来るなんて。  真面目な君は、本当にどこまでも真面目だ。  これは教える甲斐がありそうだ。  しみじみとした気持ちに耽っていると、背後から同僚に小突かれた。 「おいおい、森宮、随分としまりのない顔をしてるぞ」 「何を言って?」 「ふぅん皆の噂通りだな。『ポーカーフェイスの海里先生はどこへ』と女性陣が嘆いていたぞ」 「何だと?」    

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