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その後の甘い話 『海里の幸せな日々』 夕・2
ベッドボードにもたれて読書に夢中になっていると、窓の外が次第に暗くなっていくのを感じた。
あっ、もう日没なのか……
以前だったら寂しい時間の到来だが、今日は違った。
海里さんのお戻りの時間が、近づいている。
待ち遠しいな……
雪也がいつも僕の帰りを待ちわびていた気持ちが、痛い程に分かるよ。
この広くて静かな家に、1日中いると確かに物寂しくなるね。
そろそろかな。
そっとベッドから降り、窓辺に近づいてみた。
一日ゆっくりしたお陰で、腰の痛みは治まっていたので安堵した。
「よかった。きっと海里さんが用意して下さった湯たんぽのお陰だ」
アーチ型の両開きの窓を開くと、門からのアプローチに海里さんの気配を感じた。
背の高い彼が……颯爽と、歩み寄ってきてくれる。
良かった。ちゃんと帰って来てくれた。
「いってらっしゃい」と見送った人が、無事に帰って来てくれるのが、しみじみと嬉しい。
今日はちゃんと「お帰りなさい」と言えるのだ。
あの日どんなに待っても帰って来てくれなかった両親との思い出を、塗り替えてもらう。
「海里さん……お帰りなさい」
窓から声をかけると、彼はすぐに気づき、嬉しそうに見上げてくれた。
彼が眩しそうに目を細めて、僕を見つめてくれる。
全てを求められているような視線に絡め取られ、心が震える。
その優しい眼差しに包まれると、無性に彼に触れたくなってしまった。
海里さんから許可をいただけたので、僕は階段をかけ降りた。
羽が生えたように、躰が軽い。
まるでおとぎ話のような時間の流れ……
以前の僕には……許されない行動だ。
彼は両手を大きく開いて、僕の居場所を作ってくれた。
あなたの胸に飛び込むと、優しく抱きしめられた。
「会いたかったです……!」
素直に自然に……心の言葉をあなたに言えた。
****
玄関先で繰り広げられた光景は、とてもロマンチックだった。
海里先生と兄さまの劇的な再会。
といっても、朝から夕までの10時間程度離れていただけなのに、二人にとっては長い時間だったようですね。
それにしても海里先生は、すごい。
お仕事で忙しかっただろうに、すぐにテキパキと夕食を作って下さる。
「海里さん、お手伝いします」
「あぁ柊一、じゃあ、この鍋をかき混ぜて」
「はい。あっ今日はカレーライスですか。雪也の好物です。とても美味しそうです」
「あぁ牛肉をたっぷり入れたよ」
「雪也、聞いた? 沢山食べるんだよ」
「はーい」
お二人の会話を聞きながら、僕は宿題をしていた。
ずっと待っていた……
あたたかな家族団らんの時間が、この家にもようやく戻ってきた。
兄さま、良かったですね。ありがとうございます。
やっぱり僕の兄さまは、すごいです。
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