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その後の甘い話 『海里の幸せな日々』 夜・1

「海里先生、あの、ここが解らなくて、教えていただけますか」 「どれ? あぁ、これはね……」  雪也が、海里さんに数学を教えてもらう。 「あの、僕がここは片付けますので、雪也の勉強をお願いできますか」 「悪いね。俺がするのに」 「いえ、少し身体を動かしたいので、ちょうどいいです」  夕食を作っていただいたお礼をしたかったので、僕に出来る事があるのが嬉しかった。いつも億劫だった後片付けも、今日はとても楽しい気分だ。  それにしても、二人の様子が微笑ましいよ。  まるで雪也に新しい兄が出来たみたい……それとも若い父親かな。  穏やかな夜が愛おしくて、食事の後片付けが終わっても、声をかけずに見守ってしまった。 「ふわぁ……眠い……」  雪也が可愛らしく欠伸をした。 「おっと、もうこんな時間か。明日は学校に行けそうかな?」 「行きたいです」 「じゃあ、そろそろ寝なさい」 「はい、海里先生、今日はお勉強教えて下さってありがとうございます。それでは、おやすみなさい」 「あぁ」  雪也は体調と体力面から学校を休むことも多く、常に勉強が遅れがちだった。  以前は僕が海里さんのように教えてあげていたが、両親が亡くなり生活に追われるようになってからは、その時間が持てなくなっていた。 「じゃあ雪也、兄さまと部屋に行こう」 「はい」  雪也をベッドに寝かし髪を撫でてやると、少し恥ずかしそう布団に顔を埋めた。 「兄さま……あのですね」 「どうした?」 「海里先生って素敵ですね……大きなお兄様のようでもあり、若いお父様のようでもあり」 「うん、僕もそう思ったよ」 「兄さま、お幸せですね。あのように素晴らしい方と巡り会えて」 「雪也のお陰だよ。お前が引き合わせてくれた。ありがとう」  心を込めて感謝の気持ちを伝えると、雪也は満足そうな息をふっと吐いた。 「僕の病気のせいで、兄さまに迷惑をかけてばかりだったので、お役に立てて嬉しいです」 「何を言って? 雪也がいなかったら、僕は頑張れなかったよ」 「兄さまはいつもお優しく、かっこ良いです。あぁ……眠たい……ん、おやすみなさい」 「おやすみ。いい夢を」  可愛い弟は僕と手を繋ぎながら、眠りについた。 「柊一、もう雪也くんは眠ったのかい?」 「あっ海里さん。えぇ今ちょうど」 「どれ?」  海里さんは医師の顔になり、雪也の脈を測り、額に手をあててくれた。 「だいぶ身体の調子も整ってきたね。この調子なら手術も視野にいれていけるな」 「よかった。あの、手術はいつ頃になりますか」 「そうだね。まだ身体の成長が遅いので、当初の予定より遅らせて、来年の方が体力的にいいかもな。うん、来年の春頃にはきっと」 「頑張って欲しいです」 「大丈夫だよ。俺もついているし、君が幸せそうに暮らしていれば、雪也くんも安心できるからね」  僕の肩に手を置いて、海里さんが教えてくれる。  頼もしいお医者様がすぐ傍にいる。だから、もう夜中の急な発作に怯えなくてもいい。 「さぁ、そろそろ二人の時間にしようか」 「あっ……はっ、はいっ!」  わっ――急にドキッとするような事を言われた。  過敏に反応し過ぎて、声が上擦ってしまったじゃないか。  恥ずかしい。 「ふっ、俺を意識しているのか。可愛いよ」 「あっあの、今日は何を……」 「……うーん、そうだな、流石にやっと腰が治ったばかりの君に無理はさせられないから、せめて一緒に風呂に入ってくれないか」 「えっ! おっ、お風呂ですか。海里さんと!?」  驚き過ぎて、息が止まるかと思った。  お風呂って、お風呂って……  だって、すごく明るい場所だ!

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