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その後の甘い話 『海里の幸せな日々』 夜・4

 今日は……柊一の躰を休める。  深く手は出さない。    そう心に決めていたはずなのに、理性というものはこんなに簡単に揺らいでしまうのか。  はぁ……とうとう瑠衣にまで妬くとは、俺も相当きているな。  同時に瑠衣の事が羨ましくなった。  瑠衣は柊一の傍に俺よりもはるかに長い年月いたから。    参ったな、余裕がない──  彼の華奢な胸と腹に手を回してギュッと湯と共に抱きしめると、それだけで過敏に震える躰が愛おしかった。昨夜の情事の名残りを労わるように腰をさすれば、湯の中で高まっていく屹立が見えた。  可愛い反応だ。  彼の小振りな高まりは、触れるだけで即反応してくれた。  何もかも初めての柊一の躰を、どこまでも追い詰めたくなる。  本当に素直で、穢れを知らない彼のモノは、俺だけに反応してくれる。  それが嬉しくて。  浴室の壁に君を押し付けるように立たせ、彼の前にまるで誓いを立てる騎士のように跪き、愛の接吻を落とした。 「あっ──」  震える下半身、その中心の高まりを舌でそっと辿ると、柊一は恥じらい、甘やかな声を、喘ぐように漏らした。 「あ……や……そんな風にされると、変になって……あぁ……」  うっ……この声は刺激が強すぎる。  俺の下半身に響く。  跳ねるものを口に含んで優しく吸い上げてやると、すぐに甘い蜜を零した。 「ん……んんっ」  気持ち良さそうな声が、ふわりと降ってくる。  柊一の指がひっきりなしに俺に触れ……髪を梳かれ、耳や頬にも優しく触れてくれる。  彼の些細な指使いから、俺への愛が溢れているのを感じた。  俺は愛されている。  柊一に愛されている。    なんだかシンプルな想いが伝わってきて、じわりと胸の奥が濡れた。  こんな風に求め、求められてみたいと、ずっと思っていた。  遊び半分の恋しか出来なかった俺だが、本当はずっと憧れていた。  『劇的な恋』に、いつか落ちてみたいと。  湯船の湯気が、まるで霧のように白く広って、俺たちの躰を包み込む。  一度精を放った柊一が呆然としているので、優しく抱きしめてやった。 「大丈夫?」 「……はい、少しだけ……少し、こうしていて下さい」  彼が甘えるようにしがみついて来るので、少しの隙間もない程抱きしめて、口づけを交わした。  視界が白いな。  柊一の顔が霞む程に……  まるで霧の都、ロンドンのように。  瑠衣を連れて渡英し、ふたりで暮らしたフラットでの日々を思い出す。  俺たちは若者らしく、夜な夜な、愛について語り合ったよな。  日本での窮屈な生活から解き放たれた俺たちは、夢と希望に溢れ、自由を謳歌していた。  ハイスクール時代の1年半……ほんの束の間だったが、瑠衣と対等の過ごせた時期だった。 …… 『……劇的な恋がしたいな』  ふと、心の声を外に出すと瑠衣は、端正な顔を緩めた。いつになく柔らかな表情に関心を持ち、彼の話をもっと聞いてみたくなった。 『瑠衣は? お前は恋したこと、あるのか』 『……僕はまだないよ。でも……』 『でも?』 『僕も……してみたい』 ……  今考えれば、あれは瑠衣の確かな宣言だった。  結局、英国で劇的な恋を手に入れたのは、瑠衣の方だった。  俺は、柊一に出逢うまで、そういう恋には巡りあえなかった。  裏切りや駆け引きにまみれた遊びばかりだった。  瑠衣、俺もとうとう出逢ったよ。お前がアーサーとの間に生まれたような『劇的な恋』に落ちている。  柊一を抱きしめながら、瑠衣とのロンドン時代の思い出に耽ってしまった。 「……海里さんだって、僕を抱きながら、今……違う事を考えていませんか」 「あっ悪かった。その……瑠衣の事を思い出して」 「くすっ……瑠衣なら許します」 「おいおい、少しは妬いて欲しいのだが」 「僕にとって瑠衣は特別なんです。恋愛とかそういうのとは別次元の感情で……」 「分かる。俺もそうだ」 「一緒ですね、僕も海里さんも、瑠衣の事が大好きですから」 「まぁな。きっと今頃英国でクシャミでもしていそうだな」 「くすっ、瑠衣といえばアーサーさん……彼はなかなかユニークですね」 「だろ? 黙っていれば英国紳士なのに」 「本当に!」 「残念だな」  柊一と俺は、浴室で肩を揺らして笑った。  可愛い声が、濡れた空気に響き……また欲しくなる。 「柊一……」 「あの……もう逆上せそうです。そろそろあがりませんか。僕……行きたい所があって」 「こんな夜中に?」 「すぐ近くですよ」 補足(不要な方はスルーで) **** 海里の回想シーンはこちらです。 『ランドマーク』https://estar.jp/novels/25672401  霧の都 3

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