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その後の甘い話 『海里の幸せな日々』 夜・5

「初夏といってもまだ夜は冷える。湯冷めしないように」 「はい」 「さぁ拭いてあげるよ。おいで」    柊一の全身をふわふわのバスタオルで隈なく拭いた。かつて瑠衣がしたように、俺も柊一の身の回りの事をしてやりたかった。 「くすっ」 「何を笑う?」 「いいえ、大人しくしていますので、どうぞ」  柊一にも俺の子供じみた意固地な気持ちが伝わったのか、可憐に笑いながら、じっとしてくれている。  その様子が小さな子供のようで、やはり愛おしさが込み上げるよ。  柊一と躰を重ねるのも最高に良いが、こうやって清楚な彼の世話をひとつひとつするのも、俺の心をどこまでも満たす行為だった。  今までにない不思議な感覚だ。  君は、俺の躰も心も満たしてくれる存在だ。 「風呂上がりの君は、本当に可愛らしいよ」 「……すみません。僕は慣れていないので上手くお返事出来ませんが、海里さんにそう言われるのは好きです。なんだか甘やかされている気分になりますね」  柊一は10歳まで一人っ子として育ったので、甘やかされた記憶も色濃く残っているのだろう。どこか懐かしそうな表情を浮かべていた。  病弱で年の離れた弟の存在によって、急に大人にならざる得なかった境遇。  父親と交わした重い誓い。  自分を律して過ごしてきた青春時代。  今からでも遅くはない。  俺とふたりの時は君をたっぷり甘やかしたいし、君の方からも沢山甘えて欲しいよ。  俺は……血の繋がらない兄とは生まれた時から疎遠だった。妾腹の瑠衣は、ロンドンに行くまで俺に遠慮していた。どちらの関係も当時に比べたらずっと前進したが、置き場のない、やるせなさをずっと抱えていた。 「あの、それでさっきの話ですが、今から海里さんを案内しても?」 「どこへ」 「とっておきの場所です。あなたと見て見たくて」  柊一が誘ったのは、白薔薇の咲く中庭だった。  この庭で夜な夜な柊一と口づけを深めるレッスンをしたのが懐かしい。もしかして今日もご所望なのと考えたが、いつものテラスは通り過ぎてしまったので、不思議に思った。 「どこへ行く?」 「こちらです。実は中庭には更に奥があるのです」  竹で組まれたアーチを、柊一に手を引かれて歩いた。 「……ここは本当は萩のトンネルでした」 「萩?」 「えぇ、お月見には緑が生い茂り、紫色の小花が見事でしたよ」 「へぇお月見か。風流だね」 「海里さんと、してみたいです」 「あぁこの秋はしよう」 「海里さんといると、季節が色鮮やかになりますね」 「屋敷の草花が季節ごとに見頃を迎えるように、どの季節も俺たちで楽しもう」 「はい、ぜひ!」  やがて古びた鉄製の扉の前で、柊一は立ち止まった。 「ここなんです。ここが|秘密の庭園《シークレット・ガーデン》です」 「あぁ、そうか……あの鍵か」 「えぇ日中古いアルバムを見返していたら、この庭の写真が何枚も出て来て、どうしても入ってみたくなりました」 「開けてみよう!」  柊一が握りしめていた鍵は、彼の亡き母からの最期の贈り物だ。  ふたりで鍵を回した。  ギィィィ……  錆びた重い扉は、音を立てて開かれる。  一瞬白いドレスの女性と黒いタキシードの男性が見えたような気がした。  いや……これは幻だ。  過去のしあわせな日々の残像だ。 「あ……お父様、お母様っ──」  柊一にも見えたのか。彼は慌てて庭に向かって手を大きく伸ばした。  庭は……残念ながら当時の面影を崩し、荒廃していた。 「ここが、ご両親が愛おしんだ庭だね」 「はい……お二人だけのための庭でした。なのに……こんなに荒れてしまって申し訳ないです」  何かを予感して、柊一の母は鍵を息子に託したのかもしれない。  この庭を後世に引き継いでくれと…… 「そうだ!庭師を手配しよう。俺たちも手伝って、この庭を復元してみないか」 「素敵ですね。海里さんはいつも前向きで、気持ちがいいです。僕も手伝います」  泣きそうな目を擦って、柊一も微笑んだ。  そうだ。君はもうひとりじゃない。  壊れてしまったのなら、一から作り直していけばいい。  君の世界を、薔薇色に染めて── 「約束《Promise》しよう」 「はい」 「一年後を目処に再び秘密の庭園を復元する。そして雪也くんの手術の成功と、俺たちの結婚をここで祝おう」 「はい、是非! あぁ言葉に出すと違いますね。目標があると毎日楽しくなりますね」 「君と俺とで、力を合わせて実現させよう」  夢はきっと叶う……  Dreams come true!               その後の甘い話 『海里の幸せな日々』 了 あとがき (不要な方はスルー) ****  完結後の甘い話として、海里先生の1日を追ってみました!  時に艶めいて、笑いや可愛い嫉妬もあり。  でも最後はやっぱり……おとぎ話のように甘く締めくくりました。  実は、この先も書いてみたいエピソードがいくつかあるので、またこのようなスタイルで番外編で続けてみようと思います。引き続き読んで下さる方がいらっしゃると嬉しいです。  『ランドマーク』https://fujossy.jp/books/18238 の方も合わせて読んで下さる方も多くて、嬉しいです。物語はようやく英国編でBLしてきました。いずれ『まるでおとぎ話』の瑠衣とアーサーのシーンにも重なりますので『ランドマーク』を読むと、更におとぎ話の世界が広がって行くと思います!     こんなご時世なので、つい甘くロマンチックでピュアな話を書きたくなります。沢山のリアクションで創作の応援をいつもありがとうございます。  

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