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その後の甘い話 『庭師のテツの独り言』3
柊一の頬が、薔薇色に染まる。
瞬時に染まる。
その色の変化を楽しみながら、彼を深く抱きしめ、艶やかな黒髪を優しく何度も撫でてやる。
「あぁ可愛いね、その反応。今すぐ欲しくなる」
「だ、駄目ですよ。ちゃんとお食事を取って下さい。パイの味見もしていただきたいので」
「全部君が作ったの?」
「はい」
「すごいね」
「え、いえ、それ程では……あ、あの近いです」
少しの刺激で震える瞳を、覗き込む。
輝く瞳の中に映る俺の姿を見つけ、嬉しくなる。
永遠に、この屋敷に閉じ込めておきたくなるな。
参ったな……俺の独占欲が、こんなに強いとは。
柊一だって男なのだから、いつまでもこんなおとぎ話のような時間を過ごしてくれないだろう。そう思うと、今を惜しむ気持ちが込み上げてしまう。
聡い柊一は、俺の心の機微をすぐに察してくれる。だから君に触れてもらうと、俺の心は満ちていく。
こんなに繊細な時間を重ねられるとは……何もかも初めての経験だ。
「海里さん……僕はもうどこにも行きたくありません。ずっとこの屋敷で、あなたと過ごしたいです。こんな発言……男らしくないのは分かっているのですが……呆れられてしまうかもしれませんが、それが僕の願いです」
ほら、こんな風に……
****
食後に、柊一が美味しそうに焼けた檸檬パイを切り分け、紅茶を注いでくれた。
ベルガモット(柑橘系)の香りをつけたフレーバーティーの香りが、食後のダイニングルームに広がり、優雅な時が流れる。
英国に戻ったアーサーが大量に紅茶缶を送りつけてきたので、当分買わなくて良さそうだ。そうだ、秋にオープンするティールームで出すのもいいかもしれないな。専属茶園で丹念に育てられ、しっかりと選別された手摘み茶葉を100%使った贅沢なものだから。
英国名門貴族の門外不出の紅茶を飲めるのは、日本で唯一この屋敷だけという触れ込みもいいな。
「檸檬パイのお味、どうでしょう?」
「うん、上手に焼けたね」
「ありがとございます。檸檬の皮をクリームにふんだんに使ってみました」
「いいね、とても爽やかで美味しいよ」
サクサクのパイ生地に、とろりとしたレモン味のカスタードソース。表面はこんがりと、中はふわふわのメレンゲで覆われている。メレンゲと甘みと檸檬の酸味が調和した、どこか懐かしい味がする檸檬パイは絶品だった。
「これは英国式のレシピでした。母が社交界で以前学んだようです」
「あぁだからなのか。俺の母が作ってくれた檸檬パイと似ているよ」
「よかった。お気に召して下さって」
ニコッと微笑む柊一の、柔らかくなった表情に目を細めてしまう。
「あの、この檸檬パイ、明日いらっしゃる庭師の方に出しても?」
「ん? あ、あぁそうだね」
俺だけの檸檬パイでなくなるのは、正直残念だ。でも無償で引き受けてくれるテツを、もてなしてやらないとな。
小さな事に馬鹿みたいにあれこれ反応し、葛藤してしまう。
「あの……何か問題でも? 海里さんが信頼なさっている庭師さんですよね?」
「あ、あぁ……そうさ」
「心を込めておもてなしします」
「頼むよ。でもまずは俺に……」
自分でも何を言っているのかと苦笑してしまう。
これはもう……嫉妬に独占欲の塊だな。
アーサーの瑠衣への気持ちも痛い程分かる。
本物の恋の威力は凄い。
「海里さん? どうしたのですか」
近くに寄り添ってくれる柊一は、風呂を済またようで、躰から清潔な石鹸の香りがふわりと漂ってくる。
そそられるな。
煽られる──
「さてと、俺は風呂に入ってくるので、君は雪也くんを寝かしつけておいで」
「はい!」
「あぁそうだ。後であれを作って寝室に持ってきてくれないか」
「……何をでしょう?」
「檸檬水を」
「あっはい! 分かりました。お持ちしますね」
檸檬水は呼び水だ。
俺のベッドに、君を誘うための。
『来年、秘密の庭園で正式に結婚式を挙げるまでは、やはりまだ寝室は別にしましょう』と真面目な提案を受け入れたものの、やっぱり広いベッドに独り寝は寂しい。君の温もりが欲しくなる。
だから君を俺の部屋に呼ぶ口実を、こうやって毎回作っているのさ。
毎度、律儀に丁寧に対応してくれる健気な君が可愛いよ。
「では、待っているよ」
「はい」
今宵も抱くよ。
君のこと……
だから、早くおいで。
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