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その後の甘い話 『庭師のテツの独り言』11

 転寝のお陰で目覚めると頭がすっきりし、躰も楽になっていた。 「えっ……あ。海里さん、お帰りなさい」  目の前に海里さんの端正な顔があり、驚いてしまった。  眠り姫にでもなった気分だ。  あ……僕、またこんな夢物語みたいな事ばかり考えて。でもこんな夢を見てもいいのかもしれない。今の僕は、もう一人で過酷な運命を背負わなくていいのだから。 「柊一、シャワーを浴びてくるといい」 「はい。すみません。僕、泥だらけでしたね」 「君らしくないが、君らしくない一面がまたいいね」 「えっと……」    海里さんは満足げに目を細める。  要するに、どんな僕でもいいと言ってもらっているのかな。  そう思うと、耳朶まで赤くなってしまうよ。 「あの、ではお風呂に行ってきます、あっ」  慌てて起きたので、足がもつれて躓いてしまった。    すると、まるでそうなるのを見越していたかのように、海里さんが抱きとめてくれた。 「おっと、今日はよほど働いてしまったようだね」 「すみません。テツさんがとても働き者なので、つられて」 「うーむ、あいつに言っておかないと」 「え? 大丈夫です。僕、ちゃんとこなせていますし、テツさんも全てを理解し、僕を鍛えてくださっているのだから」    まだ始まったばかりなのに、弱音を吐きたくない。一度決めた目標、僕の手で庭を復元するためにも精一杯頑張りたい。 「全てを? そうなのか」 「えぇ」 「……頑張り屋の君も好きだよ。でもやはり風呂場まで連れていってあげよう」  グラっと大きく躰が揺れたと思うと、海里さんにまた横抱きにされてしまった。 「あ、あの……スーツが汚れてしまいます! 」 「あぁクリーニングに出すからいいよ」  彼は平然と言い退け、更に深く抱きかかえ直したので、僕の方から落っこちないように首の後ろに手を回してしがみついてしまった。 「あ、あの……」  雪也と目が合い、恥ずかしい。 「兄さまってば、王子様のお迎えには素直に従った方がいいですよ」 「ゆ、雪也まで、もう──」  恥ずかしいけれども、会いたかった人に会えて、こうやって抱きしめてもらえるのは、本当は嬉しかった。 「海里さん……あの、お風呂場まで連れて行って下さい」 「御意──」 ****  柊一とそのまま風呂に入りたかったが、まだ雪也くんもしっかり起きている。グッと我慢して夕食を作り出した。  柊一が転寝してしまったので、夕食は何も準備できていないようだ。  今日は時間もないし簡単なパスタにしよう。 「さてと何のパスタがいいかな。雪也くんは何が好きかな」 「えっと、僕は和風パスタがいいです」 「和風か、ちょっと待ってろ」  パントリーの扉を開けて眺めると、缶詰を見つけた。 「あぁこれは先日紅茶と一緒にアーサーが山ほど送ってくれた英国製のタラコ缶だな」  瑠衣がアーサーに俺の好物だと話したらしい。しかしアーサーの奴、財力に物を言わせて半端ない量を送って来たな。これもレストランで使うか。     こういう所が、アイツらしい。  思い返せば……アーサーとは長年の腐れ縁だ。  高校時代からだと思うと、感慨深いな。  英国で過ごした月日……  瑠衣も俺もアーサーも、本当にいろんな事があったな。    最初に渡英し瑠衣とフラットで暮らした1年半は、頑張って自炊したよな。  瑠衣は下働き時代に、調理場の手伝いもしていたので手際が良かったので、食事作りだけは瑠衣の勝ちだった。  ある日無性に日本食が恋しいと俺が騒いで、瑠衣が苦心して作ったのが英国製のタラコの缶詰につゆや醤油で味付けした、たらこスパゲティだった。  懐かしいな。  若かりし頃の俺たちに想いを馳せる。  瑠衣と過ごす日々は、好奇心で溢れていた。  夜な夜な語りあい、瑠衣は俺によくこう言ってくれた。 『いつか本当の海里を見つけてくれる人と出逢えるといいね』  その夢はようやく叶った。今の俺は愛する人のために、あの日のたらこスパゲティを作っている。  幸せだ── 「さぁ出来たよ。沢山お食べ」 「はい、いただきます。あの……兄さま遅くなりませんか。まさかお風呂で寝ていませんよね」 「ん? そう言えば」 「見て来ていただけますか」 「あぁ」  雪也くんの言った通りだ。  柊一は湯船にもたれて、また眠っていた。 「やれやれ、目を離せないよ。これでは心配で……」  彼の躰も髪の毛も、しっとりと濡れていた。    清楚な君が醸し出す色香にあてられそうだ。    髪も躰を洗い終え、ホッとしたのだろう。  でも……だから眠ってしまうなんて、溺れたらどうする?  大きなバスタオルで、彼を包みあげてやった。 「ん……」  ちょうど深い眠りに落ちた所なのだろう。  ……目覚めないな。  これはやっぱり一度テツに忠告しておこう。  いくら柊一自ら働きたいと申し出ても、ほどほどにしてくれと。  俺の夜の楽しみがなくなってしまうと。  彼はこの家の当主であって、俺の恋人だ。  指輪を交わした……大切な人なのだから。         ]

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