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その後の甘い話 『庭師のテツの独り言』12

 その晩、森宮家の使用人棟に電話をかけた。  柊一を、使用人のように扱き使うテツに、灸を据えるつもりだった。 「テツ、今日はありがとうな。それで柊一のことだが」 「あぁ俺も彼の事、すごく気に入りましたよ」 「ん? そうか。どんな所を?」    冷静沈着なテツの声がいつになく興奮気味で明るかったので、話しをもっと聞いてみたくなった。 「そうですね、いろいろありますが、まず真摯な姿勢がいいですね。分からない事でも果敢に取り組み前向きです。いや、ひたむきと言うのか」 「……そうか! それから?」  テツは滅多に人を誉めない。  いつも植物に夢中で人に関心のない彼が、柊一の事を手放しで誉めてくれる。その事が嬉しくて、言おうとした言葉を呑み込んでしまった。 「彼は賢いですね。物覚えもよくて、教えた事を、すぐに上手にやってのけましたよ」 「そうかそうか」 「あとは、かなり気が利きますね」 「そうだろう」 「海里さんが羨ましくなりましたよ。いい人と巡りあいましたね。今、そちらで彼のような人に恵まれて、幸せですね」  なんだ、ちゃんと理解していたのか。  柊一が、俺にとってどんなに大切な存在か。  その上で接してくれているなら、俺の出る幕はない。 「ありがとう。テツがそこまで言ってくれるなんて……正直意外だった。今の話、本当だよな?」 「俺はお世辞は言えませんよ。そんな器用な人間じゃありません」 「そうだったな。ありがとう。柊一を引き続き頼むよ」 「えぇ彼は庭づくりに大きな夢と目標を持っているようです。俺でよかったら手助けします」 「頼もしいよ。また酒を交わそう」 「いいですね。たまにはふらっと遊びに来てください」 「あぁ、夜遅くに悪かったな」 「あ、そうだ。お手製の檸檬パイも美味しかったですよ」 「あれは(柊一の)力作だから、美味しくて当然さ」 「くくっ、俺に惚気ていますね」  当初の目的と外れたが、満ち足りた気分だった。  俺が愛する人を手放しで褒めてもらえて、嬉しかった。 「柊一……起きてくれないのか」  眠り姫のような柊一の躰をきちんと拭いて、真新しいパジャマを着せてやる。  肌色が俺を誘う……このまま彼を抱いてしまいたい。  そんな情欲に塗れそうだが、今宵はグッと我慢した。  何度も転寝してしまう程に、疲れているのだ。  そんな君に……無理はさせられない。  以前病院の硬い椅子で転寝している柊一を、すぐに救ってやれなかった。    その、後悔なのか。  温かく柔らかなベッドで、今はただぐっすりと眠って欲しいと願った。 「おやすみ。柊一……目が覚めたら夜食を作るよ」 ****    下の階に降りると、厨房から水音がした。   「雪也くん、洗い物をしてくれたのか」 「パスタを作っていただいたので」 「そうか、ありがとう。助かるよ」 「あの、兄さまはやっぱり?」 「あぁ溺れる所だったよ」 「わ……それは危なかったですね。海里先生、僕の事は気にしないで大丈夫ですよ。このお屋敷で起きることは、全部おとぎ話だと思っています。だからどうか兄さまをしっかりお守りくださいね」  多少の事には目を瞑るという意味なのだろうか。    可愛い気遣いを……そんな雪也くんのことが愛おしい。 「俺も手伝うよ」 「ありがとうございます。あの、あとで少しお勉強教えていただけますか」 「もちろんだよ。今日は時間もあるし」 「嬉しいです。海里先生は僕が失ったものを、また下さいます」  厳かで優しかった父親。  無条件に優しかった母親。  雪也くんは柊一と10歳も年齢が離れている。  つまり……彼が両親と過ごせた時間はそれだけ短いのだ。  大切に過ごそう。この子との時間も……  胸に誓う夜だった。  静かであたたかい、親子の愛情に通じる感情が湧いて来る。

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