231 / 505

その後の甘い話 『庭師のテツの独り言』14

「しかし二度も転寝をするとは……よく寝たな」 「恥ずかしいです。久しぶりに躰を思いっきり動かしてバテました」  頬を染めながら、素直に認める所がいい。 「そうだ、ちょっと手を診せて」 「はい」  医師として隈なく彼の細い指先を確認する。土を運んだり、枝を切る手伝いをしたせいで、少し荒れてしまったな。棘は刺さっていないようだ。  あ、それに日焼け……! 「柊一、日焼け対策はしたのか」 「あっすみません」  彼の白い首の後ろが、うっすら赤くなっているではないか。 「明日からは帽子を被って、水分もしっかり取って」 「今日は夢中になって、うっかり忘れてしまいました」 「やれやれ、もう……君だけの躰じゃないんだよ」 「え……それって」  ん、言い方が変だったか。  だが俺にとって君は、唯一無二の大切な存在だ。  俺と出逢う前に、ひとりで散々苦労した分、もう二度と辛い思いはさせたくない。この先の人生は、おとぎ話のように過ごしてもらいたい。  そう願ってはいけないか……  君と指輪を交わした時に誓ったよ。 「海里さん……あの、夜食はまだでしょうか」  散々日中躰を動かした後に転寝してしまい夕食を食べ損ねている。だから腹が空いているのは重々承知だ。  彼はとうとう腹をグウっと鳴らしてしまい、耳まで赤く染め照れていた。 「……すみません」 「謝ることはない。自然の現象だ。今すぐ作るよ。食後は、日焼けと手荒れのケアもあげよう」 「はい」  雪也くんにはパスタを作ったが、柊一にはリゾットにした。トマト缶をベースに、夜遅いので胃もたれしないように、あっさりと仕上げた。 「さぁ食べて」 「わぁとても美味しいです」  柊一がリゾットをスプーンで上品に掬って口にいれる。食べる姿まで品があって可愛いなと……向かいの椅子に座って楽しい気分で眺めた。 「あの、そんなに見つめられると恥ずかしいのですが」 「眠ってしまった分、今、見ている」 「もう……」 「いくら見ても飽きないよ。君が好き過ぎて」  柊一は甘い言葉に弱いようで、そのまま無言になってしまった。 「何か話して……せっかくの二人の夜だ」  「あ……はい、あの、海里さんって本当に何でも出来るのですね。お医者さまなのに、お料理も上手で凄いです。お料理はいつから?」 「料理? あぁ英国留学時代に鍛えてね」 「瑠衣と英国に行ったのは確か……」 「まだ17歳だったよ」 「今の僕よりずっと若い時に。その頃のお話をもっと知りたいです」  懐かしいな……  古めかしく狭いフラットで過ごした1年半は貴重だった。あの期間がなければ料理に興味も沸かなかっただろう。  瑠衣はイギリスの材料を苦心して日本食をよく作ってくれた。俺はワールドワイドな味に興味があって、他の留学生から伝授してもらった世界の料理に夢中だった。そんな時、瑠衣はいつも味見係だった。あいつも……あの頃はもっと幼くて素直で可愛かったよな。  そうそう、このトマトリゾットもイタリア出身の留学生のおふくろの味だ。   「海里さん?」 「あぁそうだな……おいおい、していこう」 「僕が気になるのは、アーサーと瑠衣がどうやって出逢ったのかです」 「そうだな。霧の都ロンドンで、彼らは運命的に出逢ったな」 「そういうのって、ドキドキします」 「あいつらの恋も、おとぎ話のようだったな」 「それは、今も続いていますね」 「そうだな。それより、そろそろ俺を見て……」  アーサーと瑠衣の話は語り出すと長くなる。  本にでも、まとめて欲しい程にな…… 「あの、ご馳走様でした。すぐにデザートにしますか」 「あぁそうだな。ここを片付けるから、君は先に寝る支度を整えておいで」 「あの、でもデザートがあるって……」  おいおい、やっぱり気付いてなかったのか。  まったく何度も抱いたのに、まだ初心で可愛らしい事を。いや、そこがいい。いつまでもそうであって欲しい。穢れなき白薔薇のようでいて欲しい。 「あぁそれは寝室でいただこう」 「えっ駄目ですよ、虫歯になりますよ」 「大丈夫だ」 「海里さんは時折……小さな子供みたいですね」 「いやか」 「いえ、そんな海里さんも好きです」 「テツは明日は来ないよな?」 「えぇ」 「じゃあ寝坊してもいいな」 「? それはそうですが……」 「さぁ行って」 「……分かりました」  柊一は首を傾げながら、洗面所に消えて行った。  二人の夜は、まだまだこれからだよ。 補足(不要な方はスルーでご対応を) **** 海里と瑠衣の英国留学時代のお話は別連載の『ランドマーク~そこに君がいてくれるから~』で、まさに今、書いています。高校生の海里と瑠衣は雰囲気も違って新鮮です。この頃の瑠衣は可愛いです。 https://estar.jp/novels/25672401      

ともだちにシェアしよう!