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その後の甘い話 『庭師のテツの独り言』14
「しかし二度も転寝をするとは……よく寝たな」
「恥ずかしいです。久しぶりに躰を思いっきり動かしてバテました」
頬を染めながら、素直に認める所がいい。
「そうだ、ちょっと手を診せて」
「はい」
医師として隈なく彼の細い指先を確認する。土を運んだり、枝を切る手伝いをしたせいで、少し荒れてしまったな。棘は刺さっていないようだ。
あ、それに日焼け……!
「柊一、日焼け対策はしたのか」
「あっすみません」
彼の白い首の後ろが、うっすら赤くなっているではないか。
「明日からは帽子を被って、水分もしっかり取って」
「今日は夢中になって、うっかり忘れてしまいました」
「やれやれ、もう……君だけの躰じゃないんだよ」
「え……それって」
ん、言い方が変だったか。
だが俺にとって君は、唯一無二の大切な存在だ。
俺と出逢う前に、ひとりで散々苦労した分、もう二度と辛い思いはさせたくない。この先の人生は、おとぎ話のように過ごしてもらいたい。
そう願ってはいけないか……
君と指輪を交わした時に誓ったよ。
「海里さん……あの、夜食はまだでしょうか」
散々日中躰を動かした後に転寝してしまい夕食を食べ損ねている。だから腹が空いているのは重々承知だ。
彼はとうとう腹をグウっと鳴らしてしまい、耳まで赤く染め照れていた。
「……すみません」
「謝ることはない。自然の現象だ。今すぐ作るよ。食後は、日焼けと手荒れのケアもあげよう」
「はい」
雪也くんにはパスタを作ったが、柊一にはリゾットにした。トマト缶をベースに、夜遅いので胃もたれしないように、あっさりと仕上げた。
「さぁ食べて」
「わぁとても美味しいです」
柊一がリゾットをスプーンで上品に掬って口にいれる。食べる姿まで品があって可愛いなと……向かいの椅子に座って楽しい気分で眺めた。
「あの、そんなに見つめられると恥ずかしいのですが」
「眠ってしまった分、今、見ている」
「もう……」
「いくら見ても飽きないよ。君が好き過ぎて」
柊一は甘い言葉に弱いようで、そのまま無言になってしまった。
「何か話して……せっかくの二人の夜だ」
「あ……はい、あの、海里さんって本当に何でも出来るのですね。お医者さまなのに、お料理も上手で凄いです。お料理はいつから?」
「料理? あぁ英国留学時代に鍛えてね」
「瑠衣と英国に行ったのは確か……」
「まだ17歳だったよ」
「今の僕よりずっと若い時に。その頃のお話をもっと知りたいです」
懐かしいな……
古めかしく狭いフラットで過ごした1年半は貴重だった。あの期間がなければ料理に興味も沸かなかっただろう。
瑠衣はイギリスの材料を苦心して日本食をよく作ってくれた。俺はワールドワイドな味に興味があって、他の留学生から伝授してもらった世界の料理に夢中だった。そんな時、瑠衣はいつも味見係だった。あいつも……あの頃はもっと幼くて素直で可愛かったよな。
そうそう、このトマトリゾットもイタリア出身の留学生のおふくろの味だ。
「海里さん?」
「あぁそうだな……おいおい、していこう」
「僕が気になるのは、アーサーと瑠衣がどうやって出逢ったのかです」
「そうだな。霧の都ロンドンで、彼らは運命的に出逢ったな」
「そういうのって、ドキドキします」
「あいつらの恋も、おとぎ話のようだったな」
「それは、今も続いていますね」
「そうだな。それより、そろそろ俺を見て……」
アーサーと瑠衣の話は語り出すと長くなる。
本にでも、まとめて欲しい程にな……
「あの、ご馳走様でした。すぐにデザートにしますか」
「あぁそうだな。ここを片付けるから、君は先に寝る支度を整えておいで」
「あの、でもデザートがあるって……」
おいおい、やっぱり気付いてなかったのか。
まったく何度も抱いたのに、まだ初心で可愛らしい事を。いや、そこがいい。いつまでもそうであって欲しい。穢れなき白薔薇のようでいて欲しい。
「あぁそれは寝室でいただこう」
「えっ駄目ですよ、虫歯になりますよ」
「大丈夫だ」
「海里さんは時折……小さな子供みたいですね」
「いやか」
「いえ、そんな海里さんも好きです」
「テツは明日は来ないよな?」
「えぇ」
「じゃあ寝坊してもいいな」
「? それはそうですが……」
「さぁ行って」
「……分かりました」
柊一は首を傾げながら、洗面所に消えて行った。
二人の夜は、まだまだこれからだよ。
補足(不要な方はスルーでご対応を)
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海里と瑠衣の英国留学時代のお話は別連載の『ランドマーク~そこに君がいてくれるから~』で、まさに今、書いています。高校生の海里と瑠衣は雰囲気も違って新鮮です。この頃の瑠衣は可愛いです。
https://estar.jp/novels/25672401
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