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その後の甘い話 『庭師のテツの独り言』 19

 柊一と俺の共同作業は、息が合って、捗った。  彼は自分の得手不得手を心得ていて、俺に任せる部分と自分に任せて欲しい部分に無理がないので、無駄がないのだ。 「そろそろ上がるか。日も暮れたし」 「はい! 今日は捗りましたね」 「秋にはレストランをオープンさせたいから中庭の方を少し急ぐぞ。『秘密の庭園』は、焦らずじっくり丁寧に修復したい」  事情が分からないが、酷く荒廃した様子から、あの庭園を造り愛した人たちは、もうこの世にいないと察していた。  そこを修復する意味は一つ。  きっと海里さんと奥さんのための『秘密の庭園』として、この世に息を吹き返すのだ。  この白薔薇の屋敷で、海里さんは大切な奥さんと一生を過ごす。そのための城作りを手伝っている気分になるな。 「嬉しいです。『秘密の庭園』のことを真剣に考えて下さって」  柊一にしみじみと礼を言われて、不思議な気持ちになった。  どうして一介の書生の君が、そこまでこの庭園に思い入れを? 「君は……」 「はい?」 「いや、何でもない」  一瞬、もしかしてこのお屋敷の奥方に懸想しているのではと過ったが、ハンドクリームを塗ったり日焼けを避ける様子から、柊一には、彼を深く愛す、きめ細やかな心遣いのできる優しい恋人がいるので、それはないと思った。 「テツさん、次はいついらっしゃいますか」 「そうだな。土曜日でいいか」 「そうですか! 待ち遠しいです。僕ひとりで動くのとテツさんの的確な指のもとで動くのとでは、仕事の捗りが全然違うので。テツさんは本当に凄いです。あの……尊敬しています」    普段これが当たり前だと思っているので、むず痒くなった。師匠から褒められる事など、滅多にないからな。だが柊一に言われるのは悪い気はしない。 「はは、そういう君こそ庭師の仕事が向いているな」 「ありがとうございます。初めての経験ですが、僕も楽しいです」 「楽しむのが大事だ」 「はい!」 「では土曜日に、お疲れ様でした。テツさん、ゆっくり過ごしてくださいね」  別れ際に、彼にこう告げた。 「君も恋人の元でゆっくり過ごすといい」 「え……あ、はい」  素直に認めて耳まで赤くしている様子が、初心で可愛いな。  海里さん……  あなたのお宅の書生さんは、あなたと同様に、愛する人に愛されて幸せそうですよ。 ****  曲がり角で、また海里さんとぶつかりそうになった。 「なんだ、テツ、今帰りか」 「海里さん!またここで会いましたね」 「もう帰る所か」 「えぇ、ちょうど終わった所で」  仕事帰りの海里さんは、うっすら額に汗をかいていた。  いつも澄ました顔をしているのに、珍しい。 「ははん、愛する人の元へ一刻も早く戻りたくて、駅から走ってきましたね」 「バレたか。離れていると、すぐに会いたくなってしまってな」  恥じることもなく認める様子が、海里さんらしい。 「幸せな館ですね。愛に恵まれて」 「テツから『愛』という単語を聞けるなんて感動だな」 「俺だって植物だけが恋人じゃありませんからね」 「へぇ……それも初めて聞いた。今度飲もうぜ。詳しく聞かせてくれよ。心境の変化の理由を」 「……別に。ただ白薔薇の館にいると、優しい気持ちになりますね」 「だろう……あそこはいいよ。俺の居場所があって、強く求められている」 「海里さんの幸せそうな顔を見ていたら、伝わってきます」 「そのうち改めて紹介するよ。俺の大事な人を」 「そうですね。改めてお願いします。さぁ早くお戻り下さい。愛しい人が待っているのでは」 「あぁそうだ。悪いな。テツ!」  海里さんって、こんなに心の声が顔に出る人だったか。    恋は人をここまで変えるのか……  俺も恋をしたら、少しは変わるのか。  そう思うと、恋というものに興味が沸いてきた。  

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