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その後の甘い話 『庭師のテツの独り言』 21
ハンカチ片手に迷ったあげく……冬郷家に引き返した。
ん? 海里さん、あれからまた走ったんですね。
全然追いつかないじゃないですか。
まったくいつも澄ました海里さんを、ここまで乱す奥さまとは、どんな方なのか。
よしっ! 今日は絶対にこの目で見てやろうと、好奇心もあり、前のめりな気持ちになっていた。
呼び鈴は鳴らさずに庭の勝手口から中に入った。
不法侵入になるかも?
まぁ構わないよな、俺はこの家の造園を任されているのだから。
横柄な態度で鍵のかかった柵をヒョイと跳び越えた所で、柵の向こうから声がかかった。
「それは不法侵入よ」
ギクリとして振り返ると、若い女性が立っていた。普段、人と接しない俺でも、彼女が絶世の美女だというのは、よく理解できた。
「泥棒さん?」
「違う、庭師だ。海里さんの忘れ物を届けに来ただけだ」
「まぁそうだったのね」
「あんたは?」
「ふふっ私は向かいの家の……柊一さんの幼馴染みの白江よ」
「柊一の?」
どうしてここで突然柊一の名前が出るのか分からない。
書生と幼馴染み? 俺にわざわざ言うことか。
「あぁ、あなたが『人使いの荒い庭師さん』なのね。海里先生のお友達とか」
「へぇ誰から聞いた?」
「ふふふ、なる程……そういう事なのね」
女性は綺麗な顔で、愉快そうに笑っていた。
「いいかしら? 真面目な庭師さん。このお屋敷はおとぎの国なのよ。だからこの先……何を見ても驚かないで、そのまま受け入れて下さいね。さぁどうぞ、行かれて」
不思議な事を……
首を傾げながら中庭の裏手から屋敷に向かうと、人影が見えた。
「あぁ海里さん、まだそこにいたんですね。よかった……」
だが一歩踏み出して違和感が……
海里さんの背中に回った手に、見覚えがあったのだ。
だれかと抱き合っている?
奥様と?
いや……違う。
「あの手は……柊一だ」
今日、丁寧にハンドクリームを何度も塗っているのをまじまじと見たので、彼の手の形や指の細さをしっかり記憶していた。
しかし、どうして柊一が海里さんの背中に手を?
いまいち理解できなくて、少し右側から、もう一度確認してみた。
えっ――
唖然とした。
海里さんと柊一が、しっかりと抱き合っていた。
いや、いや……それだけじゃない。
熱のこもった接吻をしていた。
しかも何度も何度も……角度を変えて。
二人の横顔は、甘くしあわせな雰囲気で満ちていた。
男同士で接吻?
どっ、どうして?
思考回路がショートする。
海里さんの奥さんは、この驚愕の事実を知っているのか!
こっ……これはどういう事だ!
まさか……!
その場にしゃがみ頭を抱えて考え込んでいると、今度は目の前に美しい顔立ちの少年が登場した。
「おじさん、誰? あの……具合が悪いのですか」
「えっ柊一?」
のはずないが、顔がよく似ていた。
上品な雰囲気の、いかにも良家の子息という少年の顔は、柊一にそっくりだった。
「君は誰だ? 柊一にそっくりだが」
「兄さまのお知り合いですか。あぁもしかして……『庭師のテツさん』?」
「知っているのか、俺のこと」
「えぇもちろん、兄さまが話して下さいました。お父様とお母様の秘密の庭園を修復するために、海里先生が呼んで下さった腕のいい庭師さんだと」
「ん、どういうことだ? そうか、もしかして君には、お姉さんもいるのか」
「いいえ」
「じゃあ……柊一は、この家の……」
「柊一兄さまは、この冬郷家の当主ですよ。そして海里先生の生涯のお相手です♡」
少年はとても自慢げに、嬉しそうに……『真実』を教えてくれた。
「な、な、なんだって……」
やっと結びついたぞ。
なんてこった!
大声で俺は叫んでいた。
「海里さんー!!俺になんでちゃんと教えてくれなかったんですかぁー!!」
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