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その後の甘い話 『庭師のテツの独り言』 22
「あ……海里……さ、ん」
「どうした?」
「そろそろ雪也が帰ってくるので、もう……」
「もう少しだけ」
「はい……」
庭先で柊一に口づけをしたら、止まらなくなってしまった。
まぁこれはいつもの事だ。
柊一との接吻は格別で、俺たちにとって大切な『愛の交感』の時間だから。
今日1日、君がどんな風に過ごし、どれだけ俺を想ってくれていたかが、全て伝わって来るこの瞬間が好き過ぎて、すぐには離してやれない。
「ん……んっ」
俺の願いを叶えようと、君も俺の背中に手を回し、必死についてきてくれる。背中に感じる君の手からも、俺への熱が伝わって来るので嬉しくなる。
口づけするのに一生懸命な所が、また可愛い。
もっと俺にしがみついて欲しくなり、何度も角度を変えて、君を深く求めてしまうよ。
その時、大きな声が俺と柊一の甘い時間の邪魔をした。
『海里さんー!!俺になんでちゃんと教えてくれなかったんですかぁー!!』
なんだ?
これはテツの声じゃないか。
ぐるりと見渡せば、斜め右後方に何故か腰を抜かしたテツを発見した。
テツの隣には雪也くんもしゃがんでおり、俺と目が合うとニコっと微笑んで可愛く手を振っていた。
テツ? もう帰ったんじゃなかったのか。
それに、何を教えるんだっけ?
「あっ、テツさんです。まだ帰っていなかったのですね。しかも雪也まで。海里さん、まさか今の、見られてしまったのでは? ど、どうしましょう」
「そんなに恥ずかしがるな。テツには俺たちの仲は公認だろう」
「それはそうですが、やっぱり直に見られるのは恥ずかしいです」
柊一は気まずそうに、俺の背後に隠れてしまった。
「テツどうした? 忘れ物か」
「どうしたも、こうしたもありませんよ! 柊一は、あなたの…っ」
「あぁそうか、ちゃんと紹介して欲しいのか。柊一こっちに出ておいで」
俺の背中に控えていた柊一を、前に呼んだ。
****
海里さんはやっぱり大物だ。
俺の驚きなんて、ちっとも気にならないようで、呑気な事を。
さっきあんなに驚いた事が、これでは馬鹿馬鹿しくなってくる。
「もうとっくに知っていると思うが、こちらは冬郷柊一くん。この屋敷の当主だ。そして俺が心から愛する人だ。庭仕事では、たっぷりしごいてくれているようだが……ははっ」
「そ、それはですね……」
「テツさん、改めてよろしくお願いします。テツさんは僕の事情を知っていらしたのに、分け隔てなく接して下さって嬉しかったです。流石、海里さんのご友人でいらっしゃいます!」
おいおい、そんなに信用するな。
純真無垢過ぎるぞ……
心配になる。
なるほど、これは海里さんが走って帰るのも納得だ。
放っておけませんね、可愛くて守ってやりたくて。
不思議と海里さんの愛する相手が男だったのは、気にならない。むしろ厚ぼったい化粧をして人工的な匂いを振りまく女性よりも、自然でいいし、話しやすい。
「お似合いですよ、海里さん」
「ありがとう、ところでさっき『何か教えてくれ』って叫んでなかったか」
「あぁそれなら、もう解決しましたよ」
「そうか。テツ、恋はいいぞ。人生が薔薇色になる」
「そのようですね。あなた達のお陰で、俺も世界が開けた気がします」
「なぁせっかく戻って来たんだ。一緒に酒を飲まないか」
誘われるがままに、俺は初めて白薔薇の屋敷の中に入った。
クラシカルな洋館は、森宮家にひけをとらない瀟洒な内装が素晴らしかった。
「海里さん、今日は僕が夕食の準備をしますね」
「1日庭仕事をして、疲れていないか」
「今日は大丈夫です。テツさんのお陰で体力がついたみたいです。あの、先にお二人でお酒でもいかがですか。地下のセラーに赤ワインがありますので、持ってきますね」
「いいね」
彼が厨房に立ち一生懸命、食事を作ってくれる様子を見て、納得した。
俺に出してくれた檸檬水もサンドイッチもスコーンも……全部柊一の手作りだったわけか。レースのカーテンの向こうに深窓の令嬢がいると、勝手に勘違いしていたのが滑稽だ。
「テツ、今日は上機嫌だな」
「ええ、いい物を見せてもらいましたから」
「なんだ、やっぱり柊一との接吻を見ていたのか」
「……まぁ飲みましょうか」
「そうしよう」
海里さんと赤ワインで乾杯した。
彼と酒を交わすのは久しぶりだ。
時折……彼の瞳は柊一を追い求め、幸せな色に染まっていた。
なんと深い色を……
海里さん、本当に良かったですね。
恵まれた環境で育ったはずなのに、どこかやるせない雰囲気を漂わせていた、あなたはもういない。
愛する人に愛されているあなたは、とても満ち足りた笑顔を浮かべながら、俺と酒を交わしてくれた。
実に美味しい酒だ。
今宵は特に……
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