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その後の甘い話 『庭師のテツの独り言』 26
「兄さま、驚いた事に、テツは瑠衣の知り合いだったんです」
「えっ瑠衣の?」
突然、瑠衣の話が出て、驚き、海里さんに説明を求めた。
「あぁテツは15歳の時から森宮家の屋敷で庭師として働いているから、瑠衣とも被っていてね」
「そうだったんですね。僕は……瑠衣の過去を知りません。僕の屋敷にやってきた時が、はじまりでした」
「……それでいいんだよ」
「……はい」
瑠衣の事情が複雑そうなのは、僕が年を重ねるうちに察した。だが瑠衣が言いたくない事は、聞かない。
それがマナーだと思い、一度も本人に訊ねた事はない。
「柊一、俺は瑠衣が幸せになった姿を見たいんだ。心残りがあってな。雪也くんから最近の写真があると聞いたんだ。よかったら見せてくれないか」
「テツさん?」
どうしよう……瑠衣の写真は、瑠衣のプライベートだ。
アーサーさんと写っている写真を勝手に見せるのはどうだろう?
すると海里さんが助言してくれた。
「柊一、本来ならばあれはプライベートな写真だが、テツにだけは見せてやってくれないか。テツは俺も15歳から付き合っているが、口の堅い信頼できる男だ。……テツの心残りを昇華してやりたい。俺からも頼む」
海里さんが頭を下げた。
そこまで……
何か言うに言えない、深い事情がありそうだ。
(瑠衣、いいかな? テツさんが前に進むためにも……)
英国にいる瑠衣にも、心の中で問いかけてみた。
「少し待っていて下さいね」
書斎に戻り、本棚の中から瑠衣とアーサーさんのあの日の写真を取り出した。
中庭でのサプライズに、瑠衣はむせび泣いていた。
僕の前で涙なんて見せなかった彼が、感涙の涙を流した。
その涙の量から……長い月日と苦難を経て何度かの別れを経て、結ばれた二人だと言う事が、しみじみと伝わってきた。
これはやっと人生を重ねる事ができた、そんな二人の結婚式の写真だ。
テツさんは驚くかな。
瑠衣の相手も男性だと知ったら。
だが既に海里さんと僕の関係を知っている彼だ。
きっと大丈夫。
「あの、これです」
テツさんに見せると、テツさんは想像通り驚きはしなかった。
「なるほど……瑠衣の相手は外国人なのか」
「そうです。今、瑠衣は英国で暮らしています」
「英国……そうだったのか、瑠衣。お前のこんな笑顔を見たことなかったな。英国に行けてよかったな」
「テツ……お前もずっと引きずってしまったな。あの日のことを」
「海里さん……どうやら自覚がなかったのですが、あの日から人間不信になっていたのかもしれません、でも……よかった。この写真を見せてもらえて吹っ切れましたよ」
テツさんはしみじみと写真を見つめていた。
懐の深い人なんだな。
ますますテツさんの事を好きになってしまった。
「柊一は、テツのことを見過ぎだ」
「海里さん?」
横でムスッとする海里さんの焼きもちが、擽ったい。
「テツさんにも……しあわせが舞い降りてきますようにと願っていました」
「そうだな。とりあえずもっと飲ませてみよう」
「はい! あの、僕も、もっと飲んでも?」
「うーむ……君は飲むと色香が増すから心配だな」
海里さんが甘く笑ってくれる。
僕だけに向けてくれる笑顔が嬉しい。
「でもその時は、海里さんが寝室に連れて行って下さいますよね? 」
「ふぅんテツもいるのに、大胆だな」
「え、そんなつもりでは!」
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