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その後の甘い話 『庭師のテツの独り言』 27
「柊一、眠いのなら、もう寝ないと。雪也くんはもう眠ってしまったよ。さっき俺が寝かしつけしてきた」
「すみません、いつも……僕は、まだ大丈夫です。まだここにいたいです。海里さんのお若い頃のお話……もっと聞きたいです」
「おいおい、俺はまだ若いつもりだけど?」
「あっ……ごめんなさい。失言しました。はい、海里さんはお若いですよ……夜は……僕よりもずっとお元気ですし……」
赤ワインでほろ酔いになった柊一が、日中とは違った舌足らずの口調で、余計な事を口走っている。
その様子を海里さんが目を細めて見つめている。
海里さんが元来大らかで優しい人柄なのは知っていたが、ここまでメロメロだとはな。
今はこんな海里さんだが、荒んで投げやりな時期もあった。
外見だけで判断し飛び込んでくる軽々しい女性と、遊び歩いていた時期もあったのを知っている。
夜な夜な森宮邸の東屋であなたと酒を交わしたのも、そんな時期でしたね。
……
『テツ、俺はこの顔が嫌になる。派手な女しか寄って寄って来ないし、日本では、どこにいっても奇異な目で見られて……辛いんだ』
外国の俳優のように端正な顔立ち。
誰もが羨む裕福な家庭に生まれたのに、そぐわない悩みを抱えている。
だが、俺には彼の苦悩が痛い程、伝わってきた。
『だからといって、そんなに投げやりになっては駄目です』
『だが……待っても現れない。どんなに待っても。俺を心から愛してくれる人が』
『きっと、いつか海里さんの内面をしっかりと見つめ、海里さんだけを求めてくれる可愛い人と出会えますよ。あなたは、そんな人がいたら、目の中に入れても痛くない程、溺愛するでしょうね』
海里さんが意外そうな表情で、俺を見つめてくる。
『そんな日がくるのか、そんな人がいるのか』
『きっと、願えば叶うのでは』
『ふむ、じゃあテツにも森の精みたいな人がやってくるように一緒に願っておくぞ」
『は? 森の精って?』
『お前は庭師の仕事に没頭しすぎだ。そのうち庭の木と婚姻しそうで怖い』
『なんですか、それ? くくくっ』
『はははっ、テツとは何でも話せるな』
お互いに肩を揺らした。
『本当に! いつかお互いそんな人と出会えたら、紹介しあいましょう』
『約束だぞ!』
星の瞬く夏空の下で、よく冷えた白ワインをグラスに注いで誓った。
……
「柊一、やっぱり寝てしまったのか」
海里さんの声で、ハッと我に返ると、柊一は赤ワインのグラスを握りしめながら、こくりこくりと船を漕いでいた。
無防備な寝顔は、海里さんの横だからか。
小さな口を開き、隣の肩にぶつかっては戻っていく。
「やれやれ、やっぱりな」
海里さんがそっとグラスを取り上げ、柊一の頭をそのまま倒して膝枕してやった。
「テツ……可愛い子だろう? こう見えてもかなり苦労していてね。今は守ってやりたい、幸せにしてやりたい気持ちで一杯なんだ」
「そのようですね。裕福な環境から堕とされるのは、辛いですね」
「あぁ……その逆で……劣悪な環境から這い上がるのも、辛いな」
海里さんが、ふと遠い目をする。
「それは瑠衣のことですね、今日は写真を見せてもらえて嬉しかったですよ」
「あの日の瑠衣の姿は、もう忘れよう」
「えぇ、上書き出来ましたから……俺もそうします」
「俺たち……瑠衣が好きだったのかもな」
「そうですね……恋愛とかそういう次元を越えて、幸せにしてやりたい人だったのかも」
「上手く言えないが、そうかもしれない」
海里さんが、ぐっすり寝入ってしまった柊一の黒髪を指で優しく梳く。
その様子を、ワイングラスを傾けながら眺めた。
夜が更けていくまで――
俺は、一介の庭師だ。
これからも庭師として森宮家の広大な庭を手入れし、この白薔薇の館にも足を運ぶだろう。
ここには確かに『おとぎ話のような時間』が存在していた。
ならば俺も近々、森の精に出会えるのかもな。
「俺も……ちゃんと人を愛してみたい」
独り言を、呟いていた。
海里さんと柊一、瑠衣の幸せそうな写真を目の当たりにして……初めて抱いた希望だった。
その後の甘い話 『庭師のテツの独り言』 了
あとがき(不要な方はスルーで)
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志生帆 海です。
いつも読んで下さりありがとうございます。
今日で『庭師のテツの独り言』は了です。
庭師のテツ、第三者視点での物語展開はいかがでしたでしょうか。
途中、やっぱり主人公のラブに突っ走ってしまいましたが……勘違いが判明したときは、私もうふふという気分で楽しかったです。
完結後にも関わらず本当に沢山の方に読んでいただけ、沢山のリアクションを毎日頂戴し、更新の励みになっております。
私はまだこの世界を描いてみたいのですが……皆様はどうでしょうか。
雪也の手術前後の話や、秘密の庭園の完成の話、そしてその先の近い未来や遠い未来。テツの今後なども実は浮かんでいます。
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