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庭師テツの番外編 鎮守の森 2
一張羅の和装に、大きなトランク一つ。
長閑な秋の田園風景を惜しみながら、ゆっくりと歩いた。
「おーい!」
すると、後方から大きな声がした。
振り返ると同じ村落の青年が立っていた。彼はおれより5歳年上でもう立派な所帯持ちだ。どうやらおれが旅立つ知らせを聞いて、慌てて追いかけてきたようだ。ずいぶんと息を切らしている。
「……本当にこの村を出て行くのか」
「えぇ」
「どうして? お前が居なくなったら、あの『鎮守の森』の社は誰が守る?」
「もう誰も守りません。そもそも……最初から守らなくてよかったのです」
「……それ、どういう意味だ?」
「もう行きます。どうかお元気で」
「どこに行くか、教えてくれよ」
「永遠に内緒です」
バスを乗り継いで1時間以上、ようやく秋田駅に着いた。
以前訪れた時は空き地も多かったのに、今はビルが所狭しと建ち並び、近代化が進んでいた。
さぁここからだ。鉄道に乗って一気に上京する。
「だいぶこの辺りも開けてきたな」
秋田の農村で生まれ育ったおれが、25歳にして初めて東京という大都会に出て行く。
何が待っているのか、まだ分からない。
ここにはもう、きっと戻らないし、戻れない。
「さよなら、故郷……」
****
雄一郎さんを見送った後そのまま庭仕事に没頭していると、生垣の先を、年若い青年が横切った。
へ? 今時……和装?
楚々とした和服姿の青年が地図を片手にウロウロしているので、声をかけてみた。
「何か探しているのか」
「あ、すみません。森宮家のお屋敷を探しています」
「それは、ここだが」
「え? ここは公園では?」
「庭だよ。ずっと奥に屋敷がある」
「あぁそうなんですね」
鉄紺の袷の着物は地味だが、端正な顔立ちで、どこか色気のある男だと思った。年は俺より若い……まだ20代……20代後半位か。
落ち着いた様子から、そう判断した。
しかし何者だ。雄一郎さんの客にしては年若いし、初めて見る顔だ。
「屋敷の客人なのか」
「あ、いえ、おれはこの家の庭師として雇われて来ました」
「へっ? 」
おいおい、どこをどう見ても、庭仕事なんてしなさそうな青年だが。
思わず……頭のてっぺんから爪先まで、凝視してしまった。
「ははっ、まさか! 何かの間違いじゃ。お前みたいなの呼んでないぞ」
俺が想像していたのは、柊一のように可愛らしさの残る、素直にハイハイと教えた事に頷く子だった。
「いえ、確かに契約しました」
彼はすぐに持っていたトランクの中から1枚の書類を取りだし、俺の前に見せつけた。
気が強いな。ムッとした様子で白い頬を上気させている。
「これで文句ないでしょう」
確かに雄一郎さんと結んだ庭師としての雇用契約書で、目を凝らすと『柏木桂人《かしわぎけいと》』と書かれていた。
達筆だな、ふぅん、ケイトか……
「お前が俺の弟子?」
「そういうあなたは……おれの師匠ですか」
一触即発の雰囲気だった。
理想と現実が違うのは重々承知しているが、こうも予想と反すると困惑してしまう。
人付き合いに不慣れな俺だから、どう対応していいのか分からない。
補足(不要な方はスルーして下さい)
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テツの恋愛成就編として、番外編をスタートしてみました。
最初はロマンチックなおとぎ話感が薄いのですが、徐々に和風なお伽話になっていきますので、根気よくお付き合いいただけたら……嬉しいです。
スタンプやスター励みになっています。
ちょっとツンデレな感じのケイトの事も、ぜひよろしくお願いします。
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