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庭師テツの番外編 鎮守の森 3
「はぁ……参ったな。とにかく中に入れよ」
予想とは大幅に違ったが、それでも、こいつは俺の弟子だ。
師匠が去った今、俺がこの屋敷の庭師の頭だ。
こいつの師匠になる。
気を取り直して柵の向こうにいる桂人《けいと》に話しかけると、また想定外のことを言われ、仰天した。
「手を貸してください」
「はぁ?」
「……では荷物を持ってください」
ドサッとトランクを乱暴に渡されて、その重みに沈みそうになっていると、桂人が腰の高さの柵に手をかけ、ひらりと俺の方に向かって乗り越えてきた。
和装姿なのに身軽過ぎて、目を擦ってしまった。
間近で見ると、蓮の花を思い出す端正な顔だ。
一気に距離が近くなり、焦る。
「……じろじろ見ないで下さい」
な、なんだよ。この男は!!!
****
おかしい……この状況は変だ。
柊一のような可愛くあどけない弟子に、手取り足取り教えるはずだったのに。全部淡い夢となり消えたようだ。
「あなたの名を教えてください」
「あ? あぁ俺はテツだ」
「テツ? カタカナですか」
「鉄骨の『鉄』という意味さ」
「ふぅん……おれはテツさんと呼びます」
「じゃあ君の事は?」
「……桂人《けいと》でいいです」
「君は庭師の経験があるのか」
「さぁどうだか。おれがやってきた事が庭師の仕事に値するのか分かりませんが……『社』の守り人として生きてきました」
ツンとした表情を崩さないまま、そつなく喋るので、取り付く島もない。
「社《やしろ》って?」
「……こっちの話です。今日から働く約束なので、身支度をしたいのですが」
「着替えるか」
「えぇ、おれの部屋はどこです? 」
「案内するよ」
森宮家には使用人が多いので『使用人棟』というものが離れに存在する。
俺は隠居した師匠の部屋に引っ越し、15歳から長年使ってきた部屋を新しくやってくる弟子に譲る約束になっていた。
だがなぁ……
案内した途端、眉をひそめられてしまった。
「えっ……ここですか」
「なんか文句あるのか」
「ありますよ」
「弟子には充分だと思うが……一体、何が不満だ」
「……あなたの、匂いがしますね」
「は?」
まったく意味不明だ。
なんだか得体の知れない男がやってきた。
雄一郎さん……恨みますよ。
どうして、こんな男が弟子なんですか。
吟味して下さったのでは。
俺への嫌がらせですか。
海里さん……参りましたよ。
俺は人付き合いが苦手なのに、実に厄介な相手です。
「あの、着替えるので出て行って下さい」
「は? あぁ」
男のくせにピリピリして……何なんだ?
****
とうとうやってきた。
この屋敷に。
長年の願いが、ついに叶ったというべきなのか。
その興奮は隠し、冷静に振る舞ったつもりだ。
しかし、おれの師匠になる人は、ずいぶん純朴そうだな。
きっと幼い頃から……
植物だけを純粋に愛し、庭だけと対面してきた人なのだろう。
おれとは真逆の……平和な人だ。
和服を脱ぎ捨て作務衣に着替えるために、下着姿になった。
するとテツさんの匂いが、素肌にまとわりついてきた。
参ったな。
どけよ……っ
真っすぐな緑と土の匂いを敏感に感じ、ブルっと寒気がした。
不慣れな温もりは不要だ!
おしらせ(不要な方はスルーで)
****
なんだかピリピリした空気が続きますね。まだまだ謎に包まれた桂人です。
私も少し甘いのが書きたくなったので、本日20スター特典にて、海里さんと柊一の『近い未来』を追加しました。雪也に子供が産まれる日のほっこりするエピソードです。
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