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庭師テツの番外編 鎮守の森 5

「ううっ──」  全身に寝汗をかいて飛び起きた。 「はぁはぁ……なんだ……まだ、こんな時間か」  眠ってからまだ1時間も経っていないじゃないか。  ここにやって来て、10日が過ぎた。  この部屋は、俺の師匠にあたるテツさんが20年間過ごした場所だそうだ。  そのせいで、寝ても起きてもテツさんの匂いに苛まれている。 「もう離れろよっ、夢の中まで、おれを苦しめるな」  不慣れな温かい匂いなんだ。これは……  だっておれはずっと湿ったかび臭い部屋で寝起きしていたから、こんなにもあたたかい陽だまりのような匂いは、知らないし、受け付けない。  自分の喉元に手を添えると、ドクドクと不自然に脈打っていた。  生きている──  まだ生きている。  どうして?  その悩みは15歳の時から、尽きない。 「喉が渇いたな……」  部屋を出ると、よく慣れた暗闇がおれを迎え入れてくれたので……ようやく安堵した。  そのまま炊事場で硝子のグラスに水を汲み飲んでいると、背後でカタンと物音がした。  振り返ると1日中出掛けていたテツさんが、戸口に立っていた。  テツさんは週に2日、他の屋敷へ造園の仕事に行っている。今日もその日だった。そこには知り合いがいるらしく、夕食まで一緒に食べて来るので、いつも帰りが遅かった。 「おい、桂人《けいと》……こんな時間に何してる?」 「別に……水を飲んでいるだけですが」  何となく気まずく、グラスを持ったまま横切ろうとした時、突然腕を掴まれた。 「おい待てよ、顔色が……」 「っ……離して下さい!」  久しぶりに他人に触れられた驚きのあまり、持っていたグラスが手から滑り落ちてしまった。  ガシャンっ──  ひび割れた音が、足元に響く。  同時に刃物で切られたような痛みが走った。 「痛っ」 「あ、馬鹿! 何やってんだ」  硝子の破片でつま先が切れたらしく、足先に生暖かいものを感じ、ぞくりとした。 「い、いやだっ」  おれが一番苦手な……アレがやってくる。  足元を見てはいけないのに、怖いのに、つい見てしまう。  血が滲み出しているのが見えて「ひっ」と喉が鳴り、躰がガタガタ震え出した。 「お……おい、どうした? 大丈夫か」  テツさんが心配そうに足元にしゃがみ込んで、おれの裸足の足を強引に持ち上げた。 「あぁ少し切れただけだ。ここは切ると出血が多いからな。そう心配するな」 「あ……ああああっ──」  頭を両手で抱えて、のたうちまわってしまった。  怖い怖い怖い──っ 「どうしたんだ? 桂人、そんなに騒ぐな。皆が起きて来てしまうだろう」 「嫌だぁぁ──」 「しっかりしろ! おいっ、そうか……血が怖いのか。そうなのか」    両肩を掴まれ揺さぶられ、コクコクと頷くしかなかった。 「うっ──」 「待っていろ」 「えっ!」  テツさんが持っていた手ぬぐいで止血してくれ、血の付いた床もサッと拭いてくれた。  全部、消してくれるのか…… 「もう大丈夫だ」 「うっ……」 「まだ怖いのか、しょうがないな」  それでもおれはまだ震えが止まらなくて小刻みに震えていた。  すると、つま先に突然、生暖かい感触が走った。 「え。何を!」  テツさんが……おれの足の指を、口に含んでいた。   「アルコール消毒だよ。すぐによくなる。だから……もう、そんなに怖がるな」 「あ……」  知らないっ──  こんな温もりは知らない!  逃げ出したい程、恥ずかしい。  気が付くと……おれは……しゃがみこんだテツさんの肩に手をまわし、しがみついていた。    

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