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庭師テツの番外編 鎮守の森 19
「……雨?」
桂人が俺の肩越しに天を仰いだので振り返ると、突然大粒の雨がザーッと降って来た。
なんだ? 今日は雨の予報ではなかったが。
さっきまで眩しい程の夕日に世界が包まれていたのに……いや、実際に今も辺りは暗くなったが雨雲なんてないぞ。
「これは……狐の嫁入りか」
「え? 何ですか、それ」
「晴れているのに雨が降っている天気雨を『狐の嫁入り』と言うそうだ」
「……」
桂人は冷静さを取り戻したように俺を押し退けて、気まずそうに立ち上がった。
濡れた唇は淡く色づいており、初対面時の印象を想い出した。
和装が妙に似合う色気のある男だと思ったんだ。
一番初めから目を奪われていたのか、俺は……
漆黒の髪は酷く乱れ、目元は羞恥のせいか桜色に染まっていた。
「……忘れてくれ……」
天を仰ぐ桂人の顔に、雨が一段と激しく降り注ぐ。
嫌悪にも恥じたようにも見える……探りたかった表情が、隠されていく。
俺が濡らした唇も……雨で上書きしてしまうのか。
「……もう行く」
「待てよ!」
頑なさの揺るがない桂人の態度に業を煮やし、俺をすり抜けて立ち去ろうとする躰を、再び抱き抱えて制した。
俺にこんな積極的な行動力はあったとは、自分でも驚くばかりだ。
二人の躰は再び密着し、降り注ぐ雨にぐっしょりと濡れた。
「おい離せよ! 忘れろって言ったじゃないか! さっきはどうかしていたんだ!」
「何があった? あそこには一体何が隠されている」
「えっ、テツさん……ま、まさか……あそこに入ったのか! 駄目だ……絶対にやめてくれ!」
横抱きにした桂人の躰が、一気にブルブルと震え出す。
君は一体に何に怯えている?
探りたい……教えて欲しい!
ずっと自然とだけ向き合ってきた俺だ。
今更、何に怯えるのか。
「俺は何も恐れないから、話してみろ」
「何もない。本当に何でもないんだ!」
「じゃあどうしてこんなに震えている? どうして草履をあそこに忘れた? どうして俺の……接吻を……深く受け入れた?」
今までこんなに知りたいと思ったことはない。
桂人の心を盗みたくなるほどの欲求を抱いてしまった。
「俺はお前を助けたい」
「……助けるだって? ははっ」
桂人は呆気にとられた表情の後、肩を小さく揺らして自嘲していた。
だが、それは、どこまでも暗く寂しい笑みだった。
「……テツさんは巻き込みたくない。テツさんだけは……」
****
使用人棟に桂人を連れ帰り、そのまま共同風呂の脱衣場に押し込んだ。
夕食時なので、誰も風呂場にはいなかった。
「誰もいないな」
「な、何を?」
全てを曝け出して欲しい。
その躰に潜む秘密を教えて欲しい。
どうしたらいいんだ? こういう時……
「さぁ早く脱げ。ずぶ濡れだろう」
面食らった様子の桂人を横目に、俺は濡れた服を潔く脱ぎ、あっという間に全裸になった。
「て、テツさん!」
桂人はパッと俯き加減に視線を外し……今度は明らかに照れていた。
「おいおい男同士だ。いつもここで皆と入るだろう。今更、何を意識する?」
その頬は庭の樹々の紅葉よりも……更に赤くなっていた。
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