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庭師テツの番外編 鎮守の森 22
おれが閉じ込められていた社は、檻のない牢獄だった。
最初の傷が癒えた時、おれはどこかに逃げようと考えた。
でも何故かおれの行動は全てお見通しで、すぐに捕まっては激しい折檻を受ける羽目となった。
容赦なく鞭打たれた背中は、四六時中焼けるように傷んだ。熱を出し、いよいよ死にそうになった時に、ひとりの青年がやってきた。
死に損なったおれだったが、生贄としての効力だけは発したのか、日照り続きだった村には、潤沢な雨が降った。だから、このまま死なすわけにもいかず、困っていたのだろう。
彼に直接は触れてもらえなかったが、薬や食べ物を毎日届けてくれるようになった。
おれより少し年上の若い青年は実直な人柄のようで、最初は無言で投げるように食べ物を置いて行ったが、次第に優しく話してくれるようになった。
日が暮れる頃にやって来ては食糧や衣類を置いてくれ、社の扉の隙間から、おれの話し相手になってくれた。
あの頃のおれの世界には……もう君しかいなかった。
実際に君しか見えていなかった。
数年もの間、そんな不思議な交流は続いた。
『……君は何歳なんだ?』
『もう分からないよ。あれから何年経ったかなんて』
『君が捧げられてから……5年の月日が流れた。本当に聞けば聞く程、酷い話だ、村がグルになって隠している……これは犯罪だ。何もしてやれなくてすまない』
『……おれは、二十歳になったようだ』
『そうか……俺は君より五つ年上だ。明日は何を持ってこようか。君が好きな干し柿はどうだ?』
『いいね』
君だけが、おれを理解してくれた。
おれは男なのに……君を慕ってしまった。
ある日、想いが募りに募って、とうとうおれの方から告白してしまった。
『なぁ……おれの事を少しでも好いていてくれるのなら、どうか助けてくれないか。ここから連れ出してくれないか』
『……ごめん。それは出来ない……』
『どうして?』
『俺は明日……結婚するんだ、すまない』
『そんな!……せめて、おれに触れてくれよ……』
おれを攫って欲しかったのに、永遠に叶わない!
『頼む。一度でいいから』
恥を忍んで扉の隙間から必死に手を伸ばしたが、掴んではもらえなかった。
逃げるように去っていく君の背中を、泣きじゃくりながら見送った。
あの日から、おれは完全に生きる気力を失った。
その代わりに、突然、外に出ることを許された。
と言っても……社の周りの鎮守の森の中限定だったが、もう、待つ人もやることもない俺は……庭の手入れに没頭するしかなかった。
君の姿は、あれからも何度も田んぼ越しに見かけた。
結婚式の白無垢の行列。
お嫁さんと仲睦まじく散歩している様子。
やがてお嫁さんの腹が大きくなり、次は小さな赤子を抱いて、その翌年は無邪気な子供を追いかけて……
月日はあっという間に流れていった。
おれだけを置いて──
****
「桂人、何を考えている? お前は俺だけを見ていればいい。余計な事を考えるな」
目の前に立ったテツさんが窓硝子に手をかけ、ガラリと横に開いた。
あの社に居た頃のように……窓の隙間からじっと覗いていたおれの躰が丸見えになってしまい、言い知れぬ羞恥の情に駆られた。
「さぁ手を出せ」
手を……?
だって、ずっと誰も掴んでくれなかった。
あの時差し出した手は……虚しく空を掴むしかなかった。
「さぁ!」
おれの手はテツさんによって強く引っ張られ、そのまま窓を乗り越えて外に連れ出してもらえた。
あの日、望んでも叶えてもらえなかった事が、今叶うのか。
「テツさん──、テツさん!」
この感情の昂り!
どうしたらいいのか分からなくて彼の背中に腕を回して、ギュッとしがみついてしまった。
「あの……ありがとう、おれを外に連れ出してくれて……」
あの日言えなかった言葉を……言えた!
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