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庭師テツの番外編 鎮守の森 27
「おれは……」
その次の言葉は、どうしても紡げなかった。
紡いで何になる?
もうすぐ逝かねばならない身の上なのに。
テツさん、あなたともう少し早く出会っていたら何かが違ったのか。
いや、今だったから、出会えた人なんだ。
あの日、テツさんの庭で雨に打たれながら浴びた熱情が忘れられない。
そっと唇に指先をあてて、触れてみた。
人肌の温もりとは、ああいうものなのか──
温かかったな。
母のぬくもりすら思い出せないおれなのに、とても心地よかった。
「桂人、そうだ。もう少し右に」
「こうですか」
「そうだ。君は勘がいいので助かるぞ。俺はいい弟子をもらったな」
「……」
木道を庭園内に敷いていく作業は大がかりだ。テツさん一人だったら、難儀しただろう。今日おれが手伝いに入ったことで捗っているようなので、嬉しかった。
「よし、次の木材を一緒に取りに行くぞ」
「はい」
庭を歩いていると、作業服姿の柊一さんに声を掛けられた。
「お疲れ様です。あの、そろそろ休憩を取りませんか」
「あぁそうしよう」
「飲み物はいつもので、いいですか」
「頼む」
柊一さんがコクリと頷いて、屋敷の方に消えて行った。
「あの……いつものって何ですか」
「檸檬水とスコーンだ。柊一の手作りは美味しいぞ」
「……はぁ」
檸檬水? スコーン?
どちらも聞いた事のない名前で、首を傾げてしまった。
「桂人に飲ませてやりたいのさ」
「そうですか」
「スコーンはクリームとジャムが甘くて、きっと微笑みたくなるはずだ」
「……」
嬉しいのに相変わらず素直になれない自分が恨めしい。
こんな時、一体どんな顔をしたらいいのか分からない。
「桂人の笑った顔が見たい」
ボソッと呟かれたテツさんの一言に、泣けてくる。
おれ、いつから笑ってないのか……それすらも、もう忘れた。
「おれは……おれも……」
おれも笑ってみたいです。
笑わせてくださいよ。テツさん……
そう答えようとした時、ギョッとした。
「テツさん~ケイトさん~檸檬水を持ってきましたよ。あっ!」
屋敷から出て来た雪也くんの声の方向を見ると、彼の足元に丸太が転がっていた。雪也くんはお盆の檸檬水を零さないようにと、足元を全く見ていない。
「危ないっ!よけろっ!」
そう叫んだが、時すでに遅しだ!
「あっ」
彼は案の定滑って転んでしまい、その拍子に庭小屋に立てかけてあった木材がバラバラと倒れてきた。
転んでしまって起き上がれない雪也くんを目掛けて!
「雪也くんっー伏せろ!」
おれが走り出すより先に、テツさんが走り出していた。
そして身を挺して雪也くんに覆い被さった。
駄目だ! それじゃテツさんが大怪我をしてしまうじゃないか!
「テツさん!」
「馬鹿! 来るな!」
おれはどうなってもいい。
だから、おれが守るよ!
テツさんと雪也くんを!!
地面を蹴って、倒れて来る木材の間に飛ぶように滑り込んだ。
守りたいんだ!
せめて、大切な人を──
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