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庭師テツの番外編 鎮守の森 42

「ケイトさん、絶対にここに居て下さい。あなたはここに居るべきです。どうか逃げないで! 今度こそ幸せを掴んで下さい」  柊一さんが言い残した力強い言葉が、頭の中を駆け巡っている。  この期に及んで、こんなどんでん返しがあるなんて。  だって、おれは死を覚悟して上京したはずだったのに。    社の周りだけは歩くことを許されて、五年の月日が流れていた。もう25歳……先の見えない日々だった。  そんなおれの元に、ある日届いた小包に驚愕した。 …… 『今すぐ東京の森宮の屋敷に庭師として来い。雇用契約書に署名せよ』だと?  一緒に入っていた真新しい上質な着物が、禍々しい。    呆然としていると、おれの脚の腱を切った地主が突然やってきた。  ガラリと社の木戸を開けて、高笑いしている。   『ははっ随分と驚いた顔をしているな。久しぶりだな、桂人』 『お、お前は……おれに……近寄るな!』 『どれ? 久しぶりにその女みたいな顔をよく見せろ』  嫌悪と恐怖感で震えるおれを羽交い締めにし、生臭い息を吹きかけてくるので、吐き気を堪えるのに必死だった。 『ふん、相変わらずの別嬪さんだな。お前~良かったな。森宮の若様がお呼びだ。さぁその着物を着て、使命を全うして来い』 『な、なんで……今更? お、おれは男だったのがバレて用なしのはずだ』 『それがなぁ~奇特なことに、次期ご当主様は、なんと相手が男でもいいんだとさ。とにかくお前の血筋が欲しいらしい。さぁ着替えて早く旅立て。お前のその美貌だ。存分に若様に抱かれて善がって来いよ。くくくっ」  寒気が走るほど、おぞましい話だった。  だが行きたくないと思っても、無駄なのを知っていた。  同時に社から出られる、またとない機会でもあった。  おれは本来ならば……もうこの世にいないはずの人間だ。  あの人に助けられた代償に、あの人の強い怨念を背負って生きてきた。  衣に袖を通すと、社の結界からすっと足を踏み出す事が出来た。  今こそあの人の恨みを晴らす好機に恵まれたのだ。   (お願い……行ってきて! )  おれの背中を押す声が、聞こえた。 「行ってきます……」  社に一礼して旅立った。 ****  上京した経緯を反芻していると、扉がガチャリと音を立て開いた。  どうしよう……心臓が高鳴る!  そこには息を切らしたテツさんが立っていた。彼はいつになく焦燥し、髪を振り乱していた。  あぁここ数日、血眼でおれを探してくれていたのが伝わってくる。 「テ……テツさん……」 「桂人!お前って奴は!」  怒られる? 殴られるかも!  反射的に目を瞑ってしまった。  なのに、いつまで経っても痛みはやってこない。  その代わりに後ろにあったベッドに思いっきり押し倒され、唇に柔らかく温かいものをギュッと押しつけられた。 「んっ――」

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