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庭師テツの番外編 鎮守の森 43
温かく湿った感触に驚くと、至近距離でテツさんと目があった。
彼の眼は真っ赤に充血していたが、怒っているのではなく泣いているように見えた。
「テ、テツさん!」
「桂人っ……心配したぞ! 探していた! ずっとお前のことを」
「あっ……離せっ! 離せよ」
「駄目だ!」
彼がおれをきつく抱きしめる度に、クラシカルなベッドのスプリングがギシギシと軋んだ。
彼の鋼のように逞しい躰が圧し掛かり、おれの全身を圧迫する。
息が出来ないほどの強い抱擁に、目が眩む。
こんなに熱く強く、誰かに求められた経験はない。
肺が潰れ息が出来なくなりそうだ。
「い……痛いっ」
「すまん……お前がまた消えてしまいそうで、つい」
冷静になったテツさんが、決まり悪そうに、おれの上からパッと身を起こした。
その時、奇妙な感覚が湧いた。
「い……いやだ……離れるな」
「何を言って?」
「テツさんっ」
テツさんの肌がとにかく恋しくて、もっともっと触れて欲しくなった。だから自らテツさんの首に手を回し、彼を引き留めるように抱きついてしまった。
「おれ……い、逝きたくないっ」
生贄になった時点で、『生』を半分以上諦めたはずだったのに……
本気で逝きたくないと思ったのは初めてだ。今までみたいにあの世に行くのが怖いからじゃない。
執着がある、この世に……
テツさんと生きてみたいんだ。
「おれ……テツさんの傍にいたい。こんなの変か……」
彼はおれを驚いた顔で見下ろし、さらに驚くべき事実を告げてきた。
「桂人、どうか驚かないでくれ。お前の消息を探るうちに、とんでもない事実と向き合うことになった」
「……なんだよ、改まって」
「お前の故郷は、俺の故郷だった。俺も同じ『生贄』だったんだ」
何を言われたのか一瞬分からなかった。
だって……そんなの唐突過ぎる!
「えっ……今、なんと? 」
「お前が生贄として奉納されたのは森宮神社の社だったな」
『森宮神社』……何故その名を知った?
まさか社を見たのか、俺が幽閉されていたあの『鎮守の森』を!
「なんで、そこまで……や、やめてくれ! アレは思い出したくない」
「いや、よく聞け! 俺も15歳で奉納され、森宮家の庭師として生きて来た。庭師の仕事以外に関心が持てないよう、ずっと洗脳されていたのに……それを打ち破ってくれたのは桂人の存在だ。俺の呪いを解いてくれたのは、お前だ!」
テツさんが紡ぐ言葉は、すぐには理解し難いものだった。でも本能的におれもテツさんには同じ匂いを感じ、惹かれていたのかもしれない。
不思議なことに、彼とは心の深い部分で繋がっている気がしていた。だからこそ、この世で、しっかりと繋がりたいのかもしれない。
「桂人……俺はお前が好きだ。気が付いたら自然に愛していた! 」
それは、ずっと欲しかった言葉。
孤独にひっそり生きて来たおれが、ずっと求めていた言葉だ。
優しく温かなテツさんから降り注ぐ言葉は、爽やかや秋風のようにおれの躰を撫でて駆け抜けていく。それを追い駆けるように、おれの凍っていた心も解け、テツさんを求め出した。
この感覚は何だ?
躰が震える。
躰が熱くなる。
躰が欲している。
あなたを──
「テツさん、おれを……抱けよ! ここで今すぐ抱いてくれないか」
どうにかして欲しい! この熱、この想いを。
儀式までは絶対に汚してはならぬときつく忠告されていたのに……今すぐ、この身を壊したい衝動に駆られていた。
壊したら何が残るのかは、分からない。
だが今はひたすらに……テツさんが欲しかった。
まるでずっと探していた躰の一部を見つけかたのように、テツさんをおれの体内に取り込みたくなっていた。
「桂人、本当にいいのか」
「テツさんが、いい。あなたとなら……怖くない! 」
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