290 / 505

庭師テツの番外編 鎮守の森 46

「はたして間に合うのか」  テツを見送って病院に出勤してからも、ずっと心がざわついていた。  どうか間に合って欲しい。桂人くんを救うためにも──  祈るような気持ちで、秋空を見上げた。  ここ数日ずっと森宮家に泊まり込み、古蔵の書庫や父の書斎で知り得た情報を整理してみると、驚くべき事実にぶち当たった。  冬郷家と森宮家には古からの『深い縁』があったのだ。  双方の人事が関わる事でバランスを保ち、互いに旧家として時代を跨ぎ、家を継承させていた。  そうか……だから瑠衣はこの家に執事として呼ばれたのか。ならば俺と柊一が結ばれたのは『運命』ではなく『必然』だったのか。いや、それは違う。  俺たちの間には確かな愛が存在している。そんな因縁だけで片付けたくない。俺と柊一がお互いに選んで決めた道だ。  また……冬郷家の『秘密の庭園』の古びた東屋は、ただの東屋ではなかった事も知った。あそこは、元々は教会《チャペル》のような場所だったが、何かの理由で屋根部分が壊れてしまっていたのだ。  昨日、テツの代わりに花壇を手入れしていた柊一が見つけたものが、全てを物語っている。土の中からは、錆びた十字架や※ロザリオが出て来た。 「海里さん、こんなものが見つかるなんて驚きました。僕は秘密の庭園について殆ど記憶がなかったのですが、もしかして天使が舞う庭園だったのでしょうか」 「そのようだな」 「……実はある日、ここに大きな雷が落ちました。後日覗いてみると東屋の屋根がバラバラになって……でもその日、僕には大変な悲劇があり、それどころでなくなり、修復もせずに放置していたことを後悔しています」  柊一の表情が固まった。 「まさかご両親が亡くなった夜に落雷が」 「……はい。あの日は酷い雨で……車が山道でスリップして」 「そうか……大変な事が重なっていたのだな」  冬郷家には教会があり、森宮家には社があったというわけか。  きつく結ばれていた紐が解け出すと、するすると謎も解明していくようだ。  冬郷家は白くて明るい世界。  森宮家は黒くて暗い世界。    教会と社  天使と※天童  悪魔と悪鬼  西洋と日本では、どれも姿や呼び名は違えども、実はとても近いものがある。そして俺は丁度その中間にいる。西洋と東洋の血を併せ持ち、森宮家と冬郷家を行き来している。  冬郷家の血と森宮の血は、柊一と俺が結ばれる事によって、ついに深く交わった。だから後ひとつ、大切なピースが当てはまれば、長い年月行われて来た時代錯誤の『生贄』という恐ろしい風習からも解放されるはずだ。  森宮家も冬郷家も沈まない。  切り離せる。  それぞれの道を歩んでいける。  俺がすべきことは、した。  柊一がすべきことも、出来ただろうか。 **** 「……うっ」 「あっすまない。少し待て」  桂人の奥まった入り口に軟膏を塗り、丁寧に解してやった。これは先ほど階段を駆け上がる時、柊一に呼び止められ渡されたものだ。 『あ、あの、これを持って行って下さい』 『なんだ?』 『……きっと、後で必要になります』  小瓶の中身は緩い軟膏のようなもので、甘い香りがした。  俺はすぐに理解した。これは桂人の狭い入り口を解すために使うものだ。  男が男を抱くための、愛しい人を傷つけないための知識を植え付けてくれた海里さんに感謝しよう。 「どうだ? これなら痛くないか」 「だ、大丈夫だ。それより何? それ……熱くなる……」 「あぁ痛みを避ける効果があるそうだ」 「ん……ん……あっ」  1本から2本へと指を増やし、中をかき混ぜるように動かすと、俺の指に桂人の内襞が絡みついてくるようだ。  早く欲しいと訴えている。  大きく脚を広げさせ、桂人の凛とした中心を口で愛撫しつつ、奥をしっかり解す。  桂人の白肌は燃え上がるように染まり、まるで赤い曼珠沙華のように美しかった。あの時は恐怖を感じた花なのに、今はひたすらに美しい印象だ。 「お前が好きだ……桂人、ひとつになろう」 「テツさん……おれもあなたが好きだ。ひとつになりたい。もう焦らさないで欲しい」  双方の合意は取れた。  さぁいよいよだ。  いよいよ俺たちは二人で一つになる! ※ロザリオ……カトリック教徒が祈りのときに用いる数珠様の輪。 ※天童……仏教の守護神や天人などが子供の姿になって人間界に現れたもの。    

ともだちにシェアしよう!